+裏書庫+


  Shampoo & Date: 2004-05-11 (Tue) 


深夜のバスルームにシャワーの水音が響く。
細い指が蛇口に伸びると、それまで勢いよく流れていた湯は徐々に弱まっていく。
水をはっていないバスタブの底に、幾筋もの水が無秩序な模様を描いていた。
壁にかけられたシャワーの口から落ちる滴が、ポタリ、ポタリとバスタブの底を打っている。

蛇口から戻ってきた指は、濡れた金糸に絡み始める。
ゆっくりと、解きほぐすようにうねる指先。

「ね・・・・」
抑えた声が室内に響く。
蒸して上がった室温に煽られたように女の声は濡れていた。

「気持ちイイとこ、どこ? 恥ずかしがらないで教えて・・・」
女の目の前で男の背中が動く。
「ナーミーさーん? 不必要に色っぽい声出さないでくれるー?」
困ったような、そして笑いを含んだ声がナミを嗜める。

ナミはくすくすと笑いながら、足元に置いたシャンプーに手を伸ばす。
つられて笑うサンジの声がバスタブの中に響いた。
サンジはバスタブの外に膝をついて立ち上がり、濡れた頭をバスタブの内側に突っ込んでいる。
上着はなく、ネクタイも外されている。
いつものシャツを腕まくりした状態で身に着けている。
縁にかけた両手のうち左手の人差し指に包帯を巻いている。そこがいつもと違っていた。
ナミは笑顔のままシャンプー液をつけた両手をこすり合わる。
「んー? 少しはサービスしたげようかなと思って」
そして、泡のついた指先をサンジの髪の中に滑り込ませた。
「私の所為で不自由させてる訳だし」



確かに包帯の原因の内の一つはナミにあった。
キッチンでナミが書き物をしながら飲んでいたコーヒー。
お代わりを貰いに立ち上がったその時、横波を受けた船が急に傾きを変えたのだ。
美女と美女の持ったコーヒーなら間違いなくサンジは美女を救う。
野郎と野郎の持ったコーヒーだったら結果は違っていたかも知れないが。
バランスを崩したナミを抱きとめることには成功したが、ナミの手から落ちたカップは床にぶつかり、大小の破片へと変わってしまった。
欠片を拾おうとするナミを止め、その後片づけを申し出たサンジだったが、その際うっかりと自分の手を傷つけてしまったのだった。

「ナミさんの所為じゃないって! 俺がドジっただけだし、引掻いたくらいのもんですってこんなの」
済まなそうにそう言ってもたげかけたサンジの頭を、ナミは「服が濡れる!」と容赦なくバスタブの内側に沈めた。
ナミは楽しげに両手を動かし続ける。
シャコシャコとリズミカルな音に混ざって、白い泡がパタパタとバスタブの底に落ちて溜まっていく。

「・・・・で? どう?」
小首を傾げて尋ねるナミにサンジは、長い溜息の後で答える。
「マジキモチイイデス」
「でっしょー!?」
手を休めることなくナミは胸を張る。
「ノジコと一緒にお風呂に入るとさ、絶対何かしら勝負してね、負けたらシャンプーってのが我が家のルールだったの」
ナミの声音にほんの少しの懐かしさがこもる。
「私も勝負事にはちょっと自信あんだけど、ノジコもあれで勝負師なのよね。だから結構洗ってやったわよー」
「なるほど、お姉様のおかげでシャンプーの腕が上がったと」
「そう」
「それは、想像するだけで麗しい光景ですねぇ」
うっとりとそう告げるサンジの頭をナミはポカリと叩く。
「てっ!!」
「何の想像してんのよ!」
更に沈んだサンジの頭をわしわしと洗っていくナミ。
その柔らかな指の腹は絶妙な力加減で頭皮を刺激していく。髪の生え際からこめかみへ、そして耳の裏側へと。

溜まらずサンジの口から声が漏れる。
「すっげ、気持ちイイ・・・・頭、溶けちまいそ」
と、それまでリズミカルに動いていたナミの手がはたと止まる。
「・・・・・ナミさん?」
暫し黙って待っていたサンジだったが、動きも話もしないナミを訝しく思い、声をかける。
返事はなかった。
ナミは黙ったまま軽く手を振り、バスタブの内に泡を飛ばす。
そうしてまだ濡れている手を、背後からサンジの首元に伸ばす。
「ナミさん?」
頭をあげようとして垂れてくる泡に、サンジは慌てて元通りに頭を下げる。
泡が邪魔して目を開けることもできない。
後ろから抱きしめるような格好で、ナミはサンジの背に額をあてている。
手探りで指先はボタンに触れる。
濡れた指先が触れたところのシャツの青が深くなる。
一つ、一つボタンが外されていく。
その都度、肌を指先がかすめていくのは故意か偶然か。

「ナミさ――」
ナミはサンジの言葉を遮る。
「動くと濡れちゃうわよ―」

ナミが何をしようとしているかは本当は分かっていた。
そして頭に刷り込まれた感触を、この身に与えられることを期待していることも。
すっかりボタンを外してしまうと、ナミは指先をサンジの肌の上で滑らせる。

「ちょっと苛めたくなっちゃった」
低く笑う声はあちこちに反響してサンジの耳に入る。
「あんまり可愛い声出すから、サンジ君―」
笑い声は続く。平衡感覚さえもおかしくなりそうで、サンジはぶるりと頭を振った。

泡の名残でぬめる指先は自在にサンジの胸のあちこちを嬲る。
濡れたその感触は、ナミの舌の感触にも似て。
自分の胸に舌を這わせているナミの姿が脳裏に浮かんでくる。
目を閉じているだけにサンジにはいっそう強くそう感じられた。
ナミの指は円を描きながら、焦らすように徐々に胸の先端に迫ってくる。
ぬめる液が通った後に光る筋が残る。その数はナミの指が動く度に増えていく。

背にあたるナミの額が熱い。
そこより少し下で熱い吐息を感じた瞬間だった。
「っ、はっ!」
ナミは爪の先をサンジの乳首に引っ掛ける。
これまで与えられてきたゆるゆるとした快感から一転して刻みつけられた鋭い感覚。

痛みに近い筈のそれにサンジは快楽の声をあげた。
サンジを胸で交差させた腕の、その先が再びいやらしく動き始める。
その先端の硬さを確かめるように指の腹を乳首に押し当てる。
「ねぇ、凄く硬くなってる、ココ・・・・分かる?」
何度も指先で弾かれ、サンジは思わず身体を震わせた。
頭から滴る泡がバスタブの底でペシャリと音を立てる。それすらも淫靡に聞こえる。

目を開けられない所為で身体中の感覚が鋭敏になってしまったようだ。
滴る音。
胸から腹へと伝っていくぬるぬるとした液体の感覚。
その全てに身体が反応する。
腰のあたりに滾る熱が焦れているのが分かる。早く開放しろと渦を巻いている。

バスタブの縁を離れ、浮きかけたサンジの右手をナミは抑える。
「だめよ、動いたら・・・・・もう、してあげない―」

耳元でそう囁く声は室温以上の熱気を孕んでいる。
ナミのもう片方の手はいつの間にかズボンの金具を鳴らしていた。
サンジの手から力が失せる。
耳元に甘い笑い声を残し、ナミは手を離した。そしてその手でサンジの頭を一撫でする。
たっぷりと泡を含ませた右手をサンジの胸の中心にあてる。
胸から腹へ、白い泡が降りてくる。
それらは途中で壊れ、ただのぬめる液となってサンジの上半身を侵食していく。

ジ・・・ジジジ・・・・
ナミの左手は躊躇うことなくスーツのジッパーを下ろしていく。
身を締めつけていた枷を外されたような開放感。しかし、それに浸る間もなくナミの手が下着の中まで入り込んでくる。
下着を引き下ろした際に、ナミの手のひらが僅かに触れる。
ビクン。
全身と、そして何よりサンジ自身が大きく震えた。
「ほら、こっちもこんなに―」
ナミは息を飲み、そして小さく喉を鳴らした。
見えないが故に想像は自由だ。瞑ったままのサンジの目にナミの欲情した顔が映る。
身動きの取れない自分を前に、濡れた瞳、乱れた髪、もの欲しげに開いた唇。

その全てが欲しくて気が狂いそうだ。
サンジ自身に触れているナミの左手は殆ど動かない。
擦ることも、扱くこともせず、ただそれをそっと下着の外に晒した。

ゆっくりと下りてくる右手は今は下腹のあたりにある。

ヌルリ。
温かに濡れた手のひらがサンジ自身を探り当て、包み込むように触れてくる。

「っ、う・・・ぅ」
予想はしていたが、それ以上に快感は大きかった。
きつく噛み締めた歯の隙間から声が漏れ出てしまう。
ナミはゆるく握り締めた手をゆっくりと上下に揺らし始める。
シャンプーの液にまみれたサンジの幹をナミの指は抵抗もなく滑っていく。

「あ・・・く、うぅ・・・」
堪らず溢す声はバスタブに弾かれ、こもった音でサンジの耳に入る。
ゆったりしたストロークで動き続けるナミの指。

「・・・ここも、気持ちイイ・・・でしょ?」
シャツの背に唇をつけて話しているのだろう。背中のその部分だけが妙に熱い。
「よすぎて訳、分かんなくなっちまいそう」

ジュ・・・・・ジュク・・・・ジュポ・・・・
指が上下する度に卑猥な音と共に、新たに生まれた泡が床に落ち、染みを作っていく。
「・・・・そぉ?」
蠱惑的な笑い声はますます高まる熱を背に伝えてくる。


「何、か・・・・口、で・・・されてる、みてぇ・・・」
「口で・・・してるのかもよ」
背中が益々熱くなっていく。
熱っぽい声でナミは続ける。
「こうやってまず先から・・・」
そう言いながら、ナミはサンジの先端をその手で包む。
益々硬度を増した幹を握るナミの指にじわりと力が加わる。
「だんだんと飲み込んでいって・・・・」
そのまま根元の方へと指は進む。
ナミの声は呪文のようだ。
錯覚とは思えない程リアルな快感に、サンジは自分の前にひざまづくナミの姿を思い浮かべる。
一度付根まで達した指は再び大きくストロークを始める。
「・・・・何回も口の中で出したり入れたりして・・・」

恍惚の表情で自らのものを咥える姿。
あの可憐な口から自身が引き抜かれ、また飲み込まれる。
そんな様子がまざまざとサンジの瞼に浮かぶ。
「あぁ・・・・凄い・・・・サンジ君、また、大きくなった・・・」
ナミの声に吐息が混ざり始める。
「ここを舌でくすぐったり・・・」
ナミは指の腹で幹の裏にある筋をなぞる。
窪みを撫で、先端までを刺激すると、サンジの口から掠れた声があがった。
腰の辺りで滾っていた熱はもうとうに自身の中へと移っていた。


今にも吐きだしそうなその時、ナミの手の動きが止まる。
「くっ、ナミ、さ・・・・・・!!?」
「まだダメ・・・・」
荒く呼吸を繰り返す背にナミは告げる。
「もう少し、聞かせて・・・・サンジ君の声―」
そうしてナミは先端だけを包み、浅く手を動かす。
先端からじわじわと快感は広がっていく。
しかし、それは、決定的な引き金となる刺激ではない。
「その声・・・・凄く、感じる・・・」
徐々に手の動きが大きくなっていく。
ナミの手からは糸を引き、落ちていく液体が絶えない。
まるで身体を合わせているかのような、ぐちゅぐちゅという音が室内を埋めていく。
「あっ・・・・く、も、うイ・・・かせて」
切羽詰ったサンジの声。
「も、う・・・・狂っちまい、そ・・・う」
切なげにあげる息でその肩が大きく上下する。
ナミは握る指に力を入れ、掠れた囁きで応じる。
「いいよ・・・・イッて、このまま、ね―」

ナミの手の中でサンジ自身が二度、三度、大きく痙攣する。
ナミはサンジの幹を擦り上げたところで、手をとめ先端を包む。
「つっ、・・・・う、あぁあっっ!!」
喉の奥から甘く切ない叫び声で、背を震わせた後、サンジは突っ伏すようにバスタブにもたれかかった。
ナミの手のひらを泡よりも熱い液体が濡らした。


ザァ、と再びシャワーの音が室内に響く。
ナミは少し名残惜しげに手についたサンジの名残を流す。
バスタブの底に溜まった泡と共にそれは排水溝に吸い込まれていく。
サンジはまだ脱力したままだ。
ナミはクスリと笑うと、だらりと垂れ下がる金の髪を漱いでいく。

「・・・・・うーーー」
気づけば低い唸り声がバスタブの中に充満している。
「どしたの?」
漱がれながらサンジは頭を振る。
「もう恥ずかしいやら、悔しいやらで・・・・」
またバスタブの底から唸り声が響いてくる。
「だったら」
悪戯っぽくナミは尋ねる。
「もうシャンプーしてもらいたくない?」

唸り声が止んだ。そして僅かな沈黙の後、
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・またよろしくお願いシマス」
シャワーの音に笑い声が重なった。



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