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  花散里 Date: 2003-09-26 (Fri) 


月だけしか頼みにする灯りがない中、その空間だけが異質であった。

桜の森、という表現がぴったりな場所だった。
そこに在るのは桜の木ばかりなのである。
そして、天をも埋め尽くす満開の花達。

月光に映えるそれらは遠くから見ると、まるで自らの力で光を放っているかのように白く浮き上がって見える。
近くに寄れば尚更に圧巻で、足を踏み入れるのも躊躇われる程だ。

息苦しい―まだ若い幹の間をすり抜けながらナミは思った。
まるで衆人環視の中、一人晒し者にでもなったかのようだ。
見ている者など一人としていないのだが。

進む度に舞い落ちる花弁(はなびら)が鼻やら頬やらを掠めていく。
見れば服のあちこちに薄桃の模様ができている。
この分では髪にも相当に絡んでいることだろう。

早く見つけないと桜に埋もれちゃうわとナミは小さく笑った。
まぁ、居場所の見当はついているのではあるが。


結界の如く他を阻む森の中心。
其処にその木は在った。

見事な大樹である。
太い幹。大人が三人腕を回しても届くかどうか。
天に挑むが如くの堂々たる枝振り。
そして他の木をを制するように高く、艶やかに咲き誇る花弁。

神木なのだそうだ。
通常は社ありきで、社ゆかりの木を神木とするのだろうが、ここには社などはない。
ただ、この木を神と奉っているのだ。
たしかに幹には注連(しめ)が張られ、夜風にたなびいている。


この桜は他の桜とは、否他のどんな木とも異なってるのである。

その木の根元には地面ではなく大岩があった。
考えられない光景である。
太い幹の、その倍はあろうかという大きな岩の中心を割り裂いて桜は立っていた。

それがこの木を神木たらしめている由縁である。
そして、こんな夜更けに人など立ち入ろう筈もない、神域とも言えるその場に男は居た。


上着を足元に落として、ゾロはまだ少し肌寒い外気に肌を晒している。

抜き身の刀を右手に下げている。
少し動いた後なのだろうか、くっきりと顕れた肩甲骨沿って汗が流れ落ちていく。


名を呼ぼうとナミが口を開きかけた時、ゾロが動いた。
それまで大きく上下していた両肩の動きがぴたりと止まる。

長く息を吐く音。
それが止むと、ざっ、という音と共に足元で砂と花弁が舞う。
肩幅程に足を開げ、ゾロは桜を一旦見上げすぐに視線を正面に戻す。

それまで下に向けられていた刀は今は中段の位置にある。
柄に添えられた両手、切先は真直ぐ桜へと向けられている。
今にも挑みかかるかのように。

光を弾き、輝く刃。
それと同じ色の瞳。


美しい男だと、ナミは思う。
それは人の手の加わらない、むしろ人の手の及ばない自然の美しさだ。
残酷で精悍な野生の美だ。


再び耳に届いた地を蹴る音にナミは我に返った。
胸が苦しい。
息をするのも忘れる位に見惚れていたのかとナミは半ば驚き、半ば呆れた気持ちで苦笑した。

ゾロの足元で再び桜が舞う。

左足を踏み出すこと、一歩。
同時に両腕を大きく振りかぶる。

一呼吸の間の後、

「はっ!!」
低く、鋭い声があたりに響く。

頭上の刀が風を切る音と共に振り下ろされる。
空を斬る銀の線。
それが元の位置でぴたりと止まる。
目にも止まらない程の速さで振り下ろされた刃が計ったかのように同じ位置で。

それを可能にするのは日頃の訓練なのだろう。
加速度を制した二の腕の筋肉がぴんと張りつめている。

尚もゾロは睨むように正面の桜を見つめている。
今度は無音のまま動く。
柄を握る両手を右肩の前方へ。
斜めに構え終えた直後、袈裟を斬る。

斜めに走った光の軌跡がいつまでも目に焼きついて離れない。
それ程鮮やかな一閃だった。


今の一撃に満足したのだろうか、ゾロは短く息を吐くと体中に漲らせた緊張感から己を解放した。
ずかずかと桜の根元に横たわる岩にゾロは近づいて、立掛けていた鞘を手に取る。
僅かな鍔鳴と共に刀をおさめると視線を上へと向ける。
頭上より降り注ぐ花弁。


「すげぇよな」

眼前の桜へ向けた感嘆ともとれるその言葉は独り言ではなかった。
半身を返すとゾロはナミを見、にやりと笑った。


「気づいてたの?」

先程の神々しいまでの美しさはどこへやらの人の悪い笑み。
ナミは毒気を抜かれたような顔でゾロに近づく。

「こんな桜しかない場所に他の生き物の気配が混じりゃぁな」
そう言ってゾロはナミの頭に手を置く。

頭に感じるゾロの掌は驚くほど熱い。


「わざわざこんなとこまで来て鍛錬なんて、あんたも粋なんだか無粋なんだか分かんないわね」

からかう様に見上げたナミの瞳をゾロは静かに見返す。

「あんまり見事な桜だったからな。
こいつにも見せてやりてぇと思ってな」

ゾロは右手に掴んだ刀の柄を軽く持ち上げる。
そんなゾロの言葉、仕種に応えるかのように刀はゾロの手の中でかちゃりとその刃を鳴らす。

その音の元にナミは目をやる。


白柄の刀。
和道一文字。

舞い落ちる桜の中、曇りなき刃が生む銀の光。
今も鮮やかに瞼に残る。

美しい男と共にあることを約束された美しい刀。


ナミの目に映るのは真白な鞘と、それに纏わりつくように降り続く花弁。

後から後から、絶えることなく―


じり、と胸の奥が焼けるように痛んだ理由を考えるよりも早く。
気づいた時にはナミはゾロの唇を奪っていた。


ナミはゾロの首に両手を回し、顔を引き寄せる。
目もつぶらない口づけ。

ナミの瞳の中でゾロは、一瞬だけ目を細めると後は表情を消した。
その後ろに桜が見える。

ひらひら、ひらひら、と。

無尽蔵とも思える花弁を散らして。
急かすように。
煽るように。

見続けてると眩暈がする―ナミは思わず目を伏せた。

そうしてからナミは爪先立ちになり、更に強く唇を押し当てる。
探るように挿し入れた舌先をゾロのそれに絡める。
何度か舌を擦り付けると、ゾロもそれに応じ、唇は濡れた音を立て始める。

絶えず顔に落ちてくる桜に構いもせずに交わした口づけの後、息を荒げるナミを見てゾロは薄く笑う。

「どうした、急に?」
「・・・・・桜が―」

言いよどむナミの髪をゾロは無造作にかきあげる。
柔らかなオレンジの隙間から溢れるように花弁が零れ落ちる。

「こいつに―」
その一つをゾロは摘むと、指の腹に敷いてナミの頬に押し付ける。
薄く滑らかな花弁を通してゾロの熱が伝わってくる。

花弁を押し下げながらゾロはナミに囁く。
「酔わされでもしたか―?」

ゆっくり身体をなぞる熱と、低く甘い囁きにナミはぞくりとその身を震わせた。


僅かな衣擦れの音と共に桜の絨毯が揺れる。

逸る気持ちと乾きを訴える身体の望むままにナミは自らの手で着衣を剥ぐ。
その度に、服についた桜が舞い飛び、顕わになったナミの肌を彩る。

花弁より尚白く、尚柔らかな裸身が月明かりの元に晒される。

「いいのか? こんなとこでんな格好して」
ゾロは苦笑ともとれる笑みを浮かべる。

「構わないわ、他に誰も居ないもの―」
ナミはゆっくりと手を伸ばし、ゾロの髪についた花弁を手に取る。

「あんたと私と、桜以外には―」
「違いねぇ」
喉の奥で笑いながらゾロはナミを根元の岩へと押し付け、華奢なその身を隠すように覆い被さる。

「桜に見せるのも惜しい気はするがな」
ゆっくりと傾けられるナミの身体。
その掌から一枚の花弁が音もなく、落ちた。


「・・んっ!!」
肌を吸われる度、控えめな嬌声としなやかに跳ねる身体が桜で満ちた空間を揺らす。

ゾロは何度もナミの肌に口づける。
滑らかなナミの肌に引き寄せられるように付いた無数の花弁。
指先で弾き飛ばしてから、きつくそこを吸い上げる。

まるで目の前の女の身体を桜から取り返すかのように。


唇を肌に押し当てたまま、ゾロは柔らかな胸のその先に指を滑らせる。
程なく顕れた輪郭を嬲るようにゾロは指を動かす。

「・・・・っつ!!」
耐えるようなナミの声は長くは続かなかった。
胸元を動くゾロの頭を両手で挟むと、ナミはゾロを胸の頂きへと導く。

「お、願い・・・そこ、も・・・・」
ナミの懇願にゾロはにやりと笑みを溢すと、噛みつくようにその先を口に含む。

「・・・あぁっ!!」
強い刺激に、ナミは堪らず喉を反らせる。
頭上には満開の桜。
益々激しく降り注ぐ花弁。

快感に濡れた瞳は幾重にもその像をぶれさせる。

―何て綺麗―
天の桜に引き込まれそうになった瞬間、別の刺激がナミを地に戻した。

ゾロは空いた手を太腿の間に挿し込む。
淡い茂みが僅かに手に触れる、その位の距離から既にそこは濡れていた。

「感じすぎじゃねぇか、お前」
ゾロは顔をあげると、からかいを含んだ笑みをナミに見せる。

「桜が・・・・・・・」
そんなゾロに、ナミは熱に浮かされたようにぼんやりと唇を動かす。

「これからてめぇを抱くのは俺だ」
ゾロは顔を顰めると、ズボンを弛めながら身を起こす。

「桜はお前を抱いたりしねぇだろうが」
そう言ってゾロはナミを深く貫いた。


「あぁぁぁぁぁっ!!」
刹那の静寂を細い叫びが破る。
ゾロの胸板に置かれたナミの細い腕が大きく震え、爪先はゾロの肌に跡を残した。

身体が浮き上がる程の勢いで大きく突き上げられるナミ。
がくがくと身体が上下する度に、その首筋を、胸元を下腹を花弁が滑り落ちる。

何度となく内部を抉られ、汗ばむ身体は次第に花弁をその身に留めていく。
濡れた箇所を花弁に覆われたその姿は淫らに美しく。

桜よりも白かった筈の肌は、今や上気して赤く染まっている。

その様子をみたゾロが、荒い息の間で苦笑いを浮かべる。
「はっ、俺が桜を抱いてるみたいじゃねぇかよ」

ゾロは一度頭を振ると、ナミの片足を抱え更に身を押し進める。

「あぁぁぁぁっ..ん...」
強い圧迫感。
そしてそれによって生じる快感にナミは痺れた。

益々激しくなるゾロの動き。
それを悦ぶナミの身体。

そして益々激しくなる花吹雪。
桜も悦んでいるのだろうか。

突然、ナミの身体がびくりと跳ねる。
ゾロが自らを埋め込んだその先の花弁を押し開いたのだ。
剥き出しにされた蕾を刺激されると、ナミの身体は途端に絶頂を兆す。

「あぁ、あぁぁっ、あ...」
小刻みな喘ぎ声と共に、痙攣を始める肢体。


桜が―
白い花弁が渦のように舞っている。

絶頂を迎える瞬間、ナミはその渦に飲み込まれたような、そんな気がした。


花の靄が晴れていく―
ナミが正気に戻った時には、ゾロも果てた後でナミの肩に額をつけて大きく息をついていた。

ナミは花弁を纏ったままの胸にゾロを抱き寄せる。
それからゆっくりと天を見上げる。

桜は変わらずにそこに在る。


この男に抱かれたいと、突然沸き上がった衝動。
刀への嫉妬だけがそうさせたのではないように今は思える。

―桜に憑かれでもしたか―

きっとこの桜もゾロに魅せられてしまったのだろう。
この場で一番美しい生き物に。


桜は変わらずにそこに在る。
ただ今は静かにその身を震わせるだけで。




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