+裏書庫+
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Deadly sin |
Date: 2003-09-26 (Fri) |
最初は見ているだけでいいと思っていた
それから触れたくなった
そして、必要とされたいと―
一つ願いが叶う度、また一つ欲深になっていく
貪欲
叶わないと分かっていても求めずにはいられないこの想いは罪ですか?
貪欲
飽かずその欲を抱き続けている私はきっと地獄に堕とされる筈
では、この罪から救われる術は有るのでしょうか?
見られていることは分かっていた。
分かっているからこそ敢えてナミはその質問を口にしたのだ。
「ねぇ、ルフィ。アンタには私は必要?」
返って来たのは屈託のない返事。
「あ? 必要に決まってんだろ」
「いつでも? どんな時でも?」
「いつでも、どんな時も」
誰かにそう言って欲しかった。
本当に言って欲しい人は別にいるのだとしても。
ルフィの声は明るく、温かい。そして背に感じる視線は鋭く、冷たかった。
部屋に続く扉を開けると、中には既に灯りが灯されていた。
ソファの傍らには三本の刀。
持ち主は両足を投げ出すようにして横になっている。
眠ってしまっているものと足音を殺して階段を降りるナミ。
足元から視線を戻すと、ゾロは起き出していてソファに座りなおしている。
「何だ、寝てるのかと思ったのに」
返答はない。
ゾロの正面に立つナミには俯くゾロの表情は見えない。
「・・・ゾロ?」
呼んだ名の形まま唇は止まった。顔をあげたゾロと目が合う。
ナミを絶望させたのは、先程背中に感じた視線とは全く異なるゾロの眼差し。
そこには何の感情も見て取れなかった。
悲しみも、怒りすらも。
「他に行きたいところがあるなら行け」
眼差しと同じ。
抑揚のない物言いは、予め与えられた台詞を読んでいるかのようだった。
それでも、その言葉にはナミの心臓を凍りつかせるのには十分過ぎる程の力があった。
再び顔を伏せた、緑色の髪をナミは見つめる。
どうして、何で? 私には何の価値もないと? 後悔しないの?
いなくなっても平気なの? 未練は? アンタには私は必要ないと?
絶望は混乱を、混乱は怒りを生む。
「じゃあ、言いなさいよ!!
私なんか必要ないって、今! その口ではっきりと!!」
ゾロを睨みつけながら一息でナミは叩きつけるように言いきる。
それから肩を一度大きく上下させ、息を整える。
今行き過ぎた激情が嘘のように静まり返る二人の間。
応えを前にナミは目を閉じた。
開けていれば涙が零れてしまいそうだからだ。
ナミの心中では様々な想いが渦巻く。
ゾロに対する憤り、失うことの恐怖、諦めることへの躊躇い、そして一縷の望み。
「・・・・・ナミ、俺には、」
ようやくゾロが重い口を開く。
審判を待つ咎人のような心境でナミは続く言葉を待つ。
瞼が震えだすのを止めることはどうしてもできなかった。
「俺にはお前は・・・・・・」
言葉は与えられなかった。
望む言葉も、望まぬ言葉も何も。
代わりに与えられたのは口づけ。
壁に背が打ちつけられる。
どん、と鈍い音と鈍い痛み。
そんなものは全く気にならなかった。
唇に感じる痛みに比べれば、そんなものは何てことはなかった。
ゾロの手が重い鎖となってナミの手首を壁に繋ぎ止める。
息が苦しい。
広くて厚い胸板に押し潰されそうになる。
そうでなくとも身動きなどできようもないのだが。
その口づけ一つで。
―ずるい、ずるいわよ―
荒々しい口づけ、けれども頭は痺れる。躰がざわめく。
震える瞼が上がった途端、ナミの大きな瞳から涙が溢れる。
涙の向こうにゾロがいる。
じっ、とナミを見つめるその目に、ようやく彼が深く秘した懊悩が見てとれた。
押えつけられた両腕はびくともしない。
ナミは涙に濡れた顔を背けようとするが、ゾロはナミの唇を捕えて離さない。
がりっ。
肉を噛むいやな音と不快な感触が歯の先端から広がる。
目の前には、反射的に唇を離したゾロ。
ナミの両の手首を掴んだまま、その唇から血を滴らせている。
睨み合う二人。
ただ、流れ落ちる血だけが白いシャツに赤い斑点を残している。
「ずるい・・・・・アンタはずるいよ」
ゾロの血が残る唇が熱い。
ぽつりとナミは話し始める。
「何も答えないくせに、こんな風に・・・・・・」
ぽつりと涙が零れる。
「あんな目をするなんて―」
ぽつり、ぽつり。
交互に流れ落ちる赤い滴と透明な滴。
ゾロは何も言わない。
何も言わないが、その瞳に浮かび上がる痛みは増したようにナミには思えた。
そしてそれすらも卑怯だと。
ナミは目を閉じる。
これ以上ゾロの瞳を見続けることはできなかった。
鏡に映った自分を見るようで。
ずるいのは、卑怯なのは自分も同じだと。
答えを求めるだけで、自分から答えを出すことなどできやしないのだから―
泣き濡れた頬に風を感じた。
「・・・言えるもんなら、とうに―」
低く苦い呪詛のような。
口中に血の味を感じる直前にそんな呟きが聞こえたような気がしたのは願望のなせる技だったのだろうか。
血に交わる二つの唇。
穢れに構うことなく互いが互いの唇に食らいつく。
飢えた魔物のように、口の端から零れる血をも舐め合う。
その間にもシャツの裾から入り込んだゾロの手はナミの胸を鷲掴みにする。
乾いた掌が乳房を押し潰し、捏ね回す。
大きな手の中で形を歪めるその先端はすぐに反応し、立ち上がる。
節くれだった指先がきつい程の力でもってそこを摘み、扱き上げる。
そこでナミの両腕はようやく解放される。
痺れ、思うように動かせないその手をそれでもナミはゾロの下半身に伸ばす。
震える指先でなぞり上げれば、ゾロは荒い息使いで忌々しげにナミを見下ろす。
ぶるりと短髪を揺らした後、急かされるような手つきでナミの下着に手をかける。
引き千切らんばかりの勢いでそれを下ろし、自分のズボンを弛める。
ゾロの先端があてがわれた時、ナミは気づいた。
自分が眩暈を起こしそうなほどそれを欲していることに。
「あぁぁぁぅ!!」
一息に突き上げられ、ナミは白い喉を晒す。
襞の一つ一つを圧して進む質感に、
もう十分に熱く濡れている筈の体内に与えられる更なる熱に、
ナミの全身が総毛立つ。
ゾロが腰を浮かせる度に跳ねるナミの躰。
華奢な背が壁にぶつかる度に涙が弾け飛ぶ。
それはもはや喜悦の涙だ。
全ての悩みは霧散し、ただひたすら快楽に踊らされる。
それを求めて抱き合うのかもしれない、とただ一片の理性がナミに語りかける。
快楽に逃げているのだ、自分達は―
目の前のゾロの顔も快楽の際で歪んでいる。
その表情がナミをも絶頂に近づける。
薄れゆく意識の中でナミは呟いた。
ずるいよね、私達二人とも―
気がついた時には一人だった。
気だるげに髪をかき上げてから、ナミはソファの上に身を起こす。
何事もなかったように衣服は元通りで、その上に薄いシーツがかけられていた。
ナミに残されたのはそれだけだった。
血の跡さえも肌には残されておらず、男の残り香すら見つけられない。
ナミは長く息を吐き出しながら、立てた膝に額をつける。
貪欲。
ナミは昔何かの本で見た宗教画を思い出していた。
貪欲の象徴は―
痩せた女と狼、だ。
背もたれに手をつき、ナミはよろよろと立ち上がる。
抱き合うことでしか飢えを誤魔化すことのできない、痩せた女と狼。
何て自分達に相応しいのだろう。
ナミは声を出さずに笑うと部屋を後にした。
「腹は決まったのか―?」
闇の向こうから声がする。
静かな声。
まだ慣れぬ目はその姿を捉えることができないでいる。
こんな時、ルフィはその気配を気づかせることなく傍にいる。
あの時もそうだった。
自嘲と自虐の混在する思いで肩を傷つけていた手をとってくれた。
それが何だか遠い昔のことのような気がして、ナミは薄く笑った。
あの頃に比べたら―
「変わったわね、私・・・・・」
「昔は何かに縛られてた、そんな感じだったけど今は、」
ナミは小さな溜息を溢す。
「・・・・そうね、底なしの沼にでも落ちていく、そんなとこかしら」
「変わってねぇさ、お前は」
どこまでも淡々とルフィは言葉を続ける。
「何だって誰だってお前を歪めることなんてできねぇ、俺はそう思う」
そうかな、というナミの呟きは風に千切れて消えた。
「お前ん中には何か一本真直ぐなもんがあんだ。
上っつらがどんなに傷ついても歪むことない真直ぐな、な」
ルフィの言葉には迷いがない。
妬ましいまでに。
「俺にはそれが見える。だからお前を選んだ」
そして闇の中よりゆっくりと手が差し伸べられる。
差し出された手が目の前にある
苦悩の全てを終わらせることが出来る手
この手を掴めば救われるのだろう。私も、ゾロも
悩みなどなき楽園へと誘う手
それでも
分かっているのに
私には
この手をとることができない
この後に及んでも、自分とゾロのことしか考えていないのだから
握りしめたいのはただ一つ
だから
私は目の前の手を握り返せる手を持っていない
アイツが刀を握る手しか持たないのと同じように
ナミは静かに首を振る。
そして辺りは波が引くように静寂に支配された。
甲板にはナミ一人しかいない。
人気のない暗闇。
ナミは掌をじっ、と見つめ、それからゆっくりと閉じる。
そして暫くの間、ナミの目は空(から)の拳から離れることはなかった。
貪欲
七ある大罪の一つ
死に至るべき罪
それでも
この罪を抱いて地獄に堕ちても構わないと思う
神様、この狂気を一体どうすればいいのですか?
終
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