+裏書庫+


  sabado(上) Date: 2003-09-26 (Fri) 


羽を抜かれ、何とも分からない鳥が数羽、洞窟の入口に吊るされている。
その鳥には首が無い。
真赤な切り口からは、抜けきらない鳥の血が赤い珠のように滴り落ちる。

その向こうは闇に降る雨だった。
雨は血溜まりを押し流していったが、その匂いだけは消せないでいる。

血の香は知らぬ間に、しかし確実に洞窟の奥深くまで染み込んでいく。





「―――今、何時だ?」
声は低く反響する。
岩壁に寄りかかった姿勢のままゾロは目を閉じたままで言葉を投げる。

返す女の声には棘がある。
「・・・・・・朝に見える? あんたの目には」
ナミは振り返りもしない。
ゾロの手前で膝を抱え込み、焚き火の炎を見つめている。

もとより時間など分からない、殆ど着の身着のままで皆とはぐれたのだから。
時を知るべき太陽も最早無く、方向を知るべき星も見えない。
代わりに降るのは冷たい雨。

控えめな焚き火の赤がナミの瞳に映る。
木が爆ぜる音が響いて消えた。

ゾロは不思議そうに尋ねる。
「何カリカリしてんだ? お前」
「こんな状況でぐうたらできるあんたの神経が信じられないのよ」
「焦ったって仕方ねぇだろうが。こんな天気じゃ外で火、焚くわけにもいかねぇ。
どだい、そんなにでかい島じゃねぇんだ。いずれ合流するだろうよ」

それから洞窟の入口付近に顔を向け、血抜き中の鳥に目をやる。
「当面のメシのあてもあるんだ、心配すんな」

それに―ニヤリと顔を歪めるとナミを見る。
「戻れなかったのはお前の所為じゃねぇ、気にすんな」
そう言われた瞬間唖然としたナミの表情は、すぐにキリリとつりあがる。
紅潮した顔で、すっくと立ち上がったナミはゾロの正面に仁王立になると決定的な事実を口にする。

「そもそも迷ったのはあんたのせいでしょーが!!」
怒りの形相にもゾロの表情は変わらない。
目の前のナミの姿を見上げると一瞬眩しげに目を細めてから、しれっと何の脈略もないことを口走る。

「お前、パンツ丸見えだぞ」
言った方は平然としているが、言われた方は拳を震わせている。
「人の話を聞けっ!!」

緑の頭をめがけ、振り上げ、下ろした拳は、寸でのところで大きな手のひらに阻まれる。
そのまますっぽりと拳を包み、握られるその肌の熱さにナミは驚いた。

その一瞬の沈黙と隙をゾロは逃さなかった。
乱暴に手を引くと、倒れてきたナミを自分の身体で受け止める。

腕の中に納まった女は騒ぎはしない。ただキツイ瞳でゾロを見上げている。
痛い程の視線をものともせず、ゾロはニヤリと笑みを落とす。
「やらせろよ」

その言葉にナミは押し黙ったまま、僅かに眉を顰める。
「メシ食って寝て。後することったら一つだろう。付き合えよ、体力余って仕方ねんだ」
「私はあんたの修行の道具じゃないわよ」

その言葉にゾロは可笑しそうに目を細める。
「そりゃそうだ。んな修行じゃ脚と腰しか鍛えられねぇだろうしな」

そうしてゾロはぐるりと周囲を見回す。
目下の仮宿は狭くはない。奥はその終点がどこか分からない程深いくらいだ。
ただし、高さがない。
ナミでさえ頭を屈めなければ移動もままならない。ゾロの場合は言わずもがな、だ。
閉塞感に息がつまる。

ゾロは肩を竦めて同意を求める。
「修行ったって、ここじゃろくに動けやしねぇだろ?」
「だったら外でも走ってきたら?」
「冷てぇ女」
素っ気無いナミの言葉にゾロは溜息と共に天を仰ぐ。

諦めたか、と起こしかけた身体を強い力で押さえられる。
一瞬ナミの元を離れた視線の先は、再びナミへと据えられている。
先ほどよりむしろ強い意志でもって。

「大体、お前だって期待してなかった訳でもねぇだろう?」
誰がよ―開きかけた唇はそのまま動きを止める。

「ナミ―」
ゾロの瞳の色が変わった。
目をそらすことができない。
それは人を射竦める悪魔の瞳だ。

「なぁ、ナミ―」
ゾロの声音が変わった。
聞く者の理性を容易く砕く、低い甘い声。
それは悪魔の呪文。

「いいんだろう――?」


女の返答を待たずして、悪魔は唇を攫った。
容赦などなく。




男の腕の中で女の身体はぴんと張り詰める。
口内を弄るゾロの舌は熱く、柔らかだと言うのに。

うねうねと歯列の表面を撫ぜていたその舌先が歯と歯の隙間にあてられる。
奥へと侵入せんと力を込めれば、柔らかだった舌が一瞬で硬直したように感じられる。

ゾロは、ナミの口中をこじ開けるように舌を進ませる。
わざとなのだろうか、僅かに進んでは戻しそしてまた進む。
熱く硬直したそれはまるで肉茎のようにナミの粘膜を犯していく。

「・・・・・・んぅっっ!」
それまで僅かに喉を震わせていたナミの身体がびくりと大きく動く。
自らの舌をゾロに捉えられたのだ。

行き場をなくしていた唾液が二つの舌に掻き回され、ぴちょぴちょと音をたてる。
ゾロの舌は裏も表の区別なく、ナミの舌を扱き上げる。
その刺激を受けて唾液の分泌は益々盛んになり、水音は次第に大きさを増していく。

突如去ろうとするゾロの舌を無意識のうちにナミは追う。
その口元から溢れた水は顎から首へと一筋の流れを作った。

一度離れたゾロは、ニヤリと笑みを浮かべる。
剥ぎ取るようにシャツを脱ぐと地面に敷く。
そうして再びナミに覆い被さった。
ただし、今度は唇の上に、ではない。
唇の際へと舌を落とすと、ナミの作った流れを追う。
女の細い両肩を掴み軽々と浮かせ、自分の前に横たえながら伸ばした舌先で、水跡を追う。

形の良い顎のラインから、首筋を舐めればナミは息を飲みながら頭を反らせる。
絶え間無く震える喉仏のあたりにゾロは噛みつく。

「・・・・は、んぅっ」
薄く皮膚を挟んだままきつく歯を噛み締めれば、ナミは掠れ声で応じる。
唇に直に伝わるその振動が面白い。
ゾロは歯型のついたそこを唇で吸い上げ、舌で撫で擦る。

「・・・・・・あ、や...ダメ、よ。跡、ついちゃう―」

絶え絶えのナミの言葉に、ゾロは密かに歯噛みする。
ここまできて、この女はまだ流されきってはいないらしい。

喉元から唇を離すと、ゾロは乱暴にナミのシャツを下着ごとたくし上げる。
目の前に横たわるナミの胸元だけが顕わになる。
呼吸をする度に、豊かな乳房が誘うように揺れている。

ここには自分とナミしかいないのに。
自分達以外の他にはなにもないというのに。
そして自分はもはや一つのことしか考えられないのに、この後に及んでまだ周囲のことを気にしているナミが、その自制心の強さがゾロの疳にさわる。

ゾロは答えも返さず、乱暴に乳房を掴む。
ゾロの指先が肉に食い込み、形のよい豊かな膨らみは歪にその姿を変える。

「――っつ、あぅっ!!」
鋭い痛みに思わずナミは身を捩る。
それでもゾロの手はナミを掴んだまま離さない。

「じゃあ、その跡が消えるまでここにいてみるか――?」
ゾロの低い声からは感情の起伏が読み取れない。

乳房をきつく握り締めたまま、ゾロは指の隙間から零れ出ている先端に指を這わせる。
痛みの中でもそこは確かに膨らみを増し、硬いしこりとなっている。
ゾロは中指の腹で何度もそこを刺激する。
ゆるゆると指を回し、或いは左右に弾くように。
その度にナミの唇からは苦痛とも快楽ともとれる溜息が漏れる。

どうだ―ナミを見、ゾロは呟く。
「これがてめぇの望みだろう? 違うか?」

「・・・・・・っ、あ、私の――?」
痛みと快感に裂かれ、狂気に堕ちそうな中、ナミは辛うじて声を絞り出した。




たくし上げられていたシャツは乱暴に剥ぎ取られた。
ナミの両腕はその頭上で不自然な形に伸びる。
シャツの繊維は耐えきれずに小さな悲鳴をあげた。

乱れたオレンジの髪の向こうにシャツは無造作に投げ出される。
ぶるりと身を震わせ、置き上がろうと動きかけたナミの両手が押さえつけられる。

ゾロはナミの上に覆い被さると、片手で易々と細い手首を地へと縫いつける。
地面の冷たさとは反対に熱い手のひら。
だが、その熱はすぐに失せた。

ゾロは自らの腕に顔を寄せると、バンダナに噛みつく。
そのままを口で結び目を弛め、ぐいと毟り取る。
ナミを下に組み敷いたまま、黒いバンダナを咥えるゾロのその姿は獲物を貪る獣のようにも思える。
まるで悪魔がその姿を変えた―

シュル。
その音と共に熱は失せ、乾いた布の感触がナミの両手首をきつく縛る。
愉悦の表情を浮かべるゾロを見上げ、ナミは顔を強張らせ、戒めを弛めようと手首を動かす。白い裸体を震わせ、必死に逃れようとするナミのその姿は捕われた雌鹿を思わせた。
まるで贄へと選ばれた憐れな―


込めた力も空しく戒めは弛まる気配すらない。
右へ左へ揺らめくナミの身体は艶かしくすらある。

自分の身体の下でもがくナミの姿を見、ゾロは満足げな表情で一旦身を起こす。
それから、ナミの両脚に手をかけ、引き寄せる。

下敷きにしたシャツの上をナミの背が滑る。
シャツの下の大小の砂利は柔らかな背に薄い掻き傷を残し、ナミは僅かに顔を顰めた。
その次の瞬間、ナミの下半身がふわりと持ち上がった。

ゾロはナミの両脚を大きく広げ、軽々と自分の両肩にかける。
顕わになった太腿の上を乾いた手のひらが滑る。
動かす度に反応する身体を楽しむかのように、ゾロはゆっくりと奥へと手を滑らせる。

突き当たった箇所は既に濡れていた。
温かく湿った感触は下着越しにも明らかで、ナミにも自覚があるのだろう、ゾロの指が触れた途端、恥ずかしそうに顔を背けた。

ゾロは口元を歪めながら、指先を下着の真中、窪みのあたりに何度も押しつける。
にちゃ、にちゃ...
他の何とも違う、粘り気のある水音。

「思った通り、凄ぇじゃねぇか。このままツッコンでも構わねぇぐらい、な」
楽しげにそう言って、ゾロは笑みを深くする。
しかし、炎は不安定にその表情を揺らめかせ、酷薄な陰影を濃くした。


何度も指を押しあてられしみ出した愛液は、下着のその部分にはっきりと跡を残している。

そこから目を離すと、ゾロは横を向いたままのナミに目をやる。
ナミの脚を担ぎ上げたまま、ゾロは身体を前に進め、片手を伸ばした。

顎に手をかけるが、敢えて自分の方を向かせようとはしない。

顎に触れた指先は、それから耳へと向かった。
乱れた柔らかな髪を潜らせ、ナミの耳を剥き出しにする。

湿り気を帯びた指先で耳朶を弄びながら、ゾロは再び口を開いた。

「どうして俺と来た―?」
―その必要は何一つ無かった筈だ―

ナミは答えることができない。


「どうして俺を止めなかった―?」
―迷うと承知しながら―

ただ、顔を背けたまま唇を噛み締める。


「どうしてこの天気を予測しなかった―?」
―あれほど見事に天候を読むお前が―


責めるような冷たい声は容赦なく耳を犯す。
それでも耳を塞ぐことはできない。

どうして―理由など分かっている癖に。
ナミは一層強く唇を噛む。
いつもは鈍過ぎるくらいなのに。
人の欲望を見透かすその目はやはり悪魔のものだとナミは思った。

その目を見てはいけない。

ナミの瞳に、首のない鳥の姿が映る。
その斬り端から赤い滴がポタリと落ちる。


だから―とナミから手を離ししなのゾロの声は尚一層低く。
「お前の望むとおりにしてやる―」

赤い軌跡を追いながら、ナミは遠くにその声を聞いた。




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