+裏書庫+


  廃煙 Date: 2003-11-30 (Fri) 
身体にまとわりつく空気が妙に重い。
それなのに身体の中身は、丁度馬鹿高いところから飛び降りた時のように、胃やら腸やらがざわざわと浮かんで剥がれていきそうだった。

「どんな感じ?」

目の前には悪戯な笑みを浮かべる女。
揺れる髪のオレンジがいやに眩しく見える。
手を伸ばそうと思えば突然に遠ざかる。
幻覚だと分かっていても、感覚は容易く騙される。

そんなゾロの状態を見透かしたようにナミはクスリと楽しげな笑いを零す。
その足元では、一本の紙巻から細い煙が上っていた。





「何これ?」
乱暴に屑入れに投げ込まれた麻袋を拾い上げたのはナミだった。

「あ?」
ドッカとソファに腰を下ろしたゾロは視線だけをナミに向ける。
それから大きな欠伸を一つしてから面倒くさそうに口を開く。

「知らねぇヤツに貰った。何だかは分かんねぇよ」
そうしてゾロはまた欠伸をして瞼を閉じた。

袋の口を開けて中を探れば指先にカサカサと乾いたものがあたる。
摘んでみればそれは茶枯れた葉の塊だった。
手元を見つめるナミの目がすうと細まる。

「あんた随分イイもの貰ってきたじゃない」
よくよく話を聞いてみると、
今日立ち寄った港でうろついていたところ(迷ったのではないらしい。決して)、絡んできた男がいたらしい。
当たり前のようにボコにされたその不運な男がコレで見逃してくれと押し付けたのがその袋だったという訳だ。

「ちょっと面白い"ハッパ"よ。これ」
知らない? とナミは悪そうな笑みをみせる。
「・・・・知らねぇな」
ナミに一瞥をくれただけでゾロは興味なさげに再び瞼を閉じる。

ふうん、とナミは鼻を鳴らす。
「あんた、悪名高い割にはこういうのにはキレイそうだもんねぇ」
からかい半分の台詞とともに、ナミは机の引き出しを漁ると何かを手にゾロの足元に腰を下ろす。

ゾロは薄目を開けてナミのやりようを見ていた。

手近にあった本を寝かせると、その上に白い紙を置く。
手にした麻袋を逆さにすると、葉の塊は乾いた音をたてて紙の上に落ちる。
ナミはその葉を更に細かく刻むと、更に小さく薄い紙の上にそれを乗せる。
正方形に近い形の薄紙の対角線上に茶色の線ができる。

「何でんな手際いいんだ、てめぇは」
「これでも若い頃は色々悪さもしましたから」

おどけた調子で返すと、細かな葉の一つも落とさずナミは鼻歌交じりで器用に薄紙を巻いていく。
棒状になった片側の先端をくるくると捻ると作業は終わった。

「ね?」
ナミはゾロを見上げ、笑う。
その笑みの意図するところが分からず、ゾロの表情は曖昧なものとなった。

「やってみる?」
「あ?」
口調は変わらねど表情には躊躇いの占める割合が大きくなった。
それを見たナミの瞳に妖しい輝きが宿る。
口の端に紙巻を咥え、言葉を続ける。
「怖い?」
「・・・・・・・・・・・」
無言のままにゾロの表情は険しさを増す。

ナミは笑んだまま、先程捻って作った先端に火を灯す。
ごく僅か、パチリと火が爆ぜ枯れた葉が煙を生む。

乾いた葉の焼ける匂が鼻につく。
しかし、それはどこかに甘さを感じさせた。

ナミはゾロを見つめながら、身体の内深くに煙を沈め、吐き出す。
そうして、もう一度煙を吸い込み、ゆっくりとゾロの元へ身を寄せる。
大きく開いたゾロの両足の間に身を進ませる。

目の前にあるゾロの顔にふっと煙を吹きかける。
薄い煙はすぐに晴れ、その向こうに不機嫌そうなゾロの顔が見えた。
ナミの笑みは益々深く、その唇がゾロの元へと近づいていく。

二つの唇が重なる。
唇を繋いだまま、ナミはゆっくりと息を吐く。
思わず逃げたゾロの頭をナミは抑える。
ナミからゾロへと煙の塊が移っていく。

長い口づけの後、ゾロの瞳には靄がかかっていた。
瞬きの回数が極端に少なくなる。

依然細い煙を立ち上らせ続ける紙巻をナミはゾロの口に含ませる。
先端に灯る火が明るさを増す。
退廃の香りはゾロの身体を深く侵食していく。

ナミはゾロの唇から紙巻をとり返すと、足元に転がっていた空のグラスにそれを放る。
グラスから上る煙をぼんやりとゾロは見つめていた。




「どんな感じ?」
聞きなれた声はゾロの中でとてつもなく美しい旋律に化ける。
「ね?」
囁きながらナミはゾロのシャツの中に手を忍び込ませる。
その手がじわじわとせり上がってくる。
ナミの指は、ただゾロの肌の上を這っているだけである。
いつもであればこそばゆいとしか感じないその動きが、今は例えようもなく甘い快感をゾロに与えている。

ゆらゆらと揺らめいて見える女。
それはゆっくりと自分の指を口に含み、出し入れをする。
指は口の中に消え、現れる。
消えている間は、舌で弄んでいるのか中でくちゅくちゅと卑猥な音をたて、現れた指は唾液に塗れいやらしい光を放っていた。

ナミは焦らすようにその仕種を見せつけ続ける。
やがて濡れたその指をゾロの乳首にあてがう。
こりこりとした感触を楽しむように指は小刻みに突起を嬲る。

「あっ・・・・くっ!」
痺れるような刺激にゾロは身を捩ろうとしたが、身体は自由にならない。
重石をつけて海にでも鎮められたようだった。

「・・・・いいでしょ?」
ナミは囁きながらゾロのシャツを引き上げる。
太く逞しい腕。
しかし、それはシャツから抜けると力を失いパタリと落ちる。

ナミは楽しそうだった。
硬く張りつめた肩のライン、そこから小さな山を描く二の腕に指を這わせる。
いつもであれば圧倒的な力を誇るその部分は、今は力なくただナミの為すがままとなっている。

「いつもとは逆ね」
美しく弧を描く唇。
その赤に目を惹かれる。
見つめれば、唇の表面に血が湧き出す。
鍋で煮込まれているかのようにゴポゴポと湧いては消える赤。
そんな幻に捕われ、ゾロは堪らず目を閉じる。

「・・・・・意趣返しの、つもりかよ・・・」

気だるげにそう言うとゾロは頭を振った。
発した言葉が頭の中で妙に響く。
耳を塞がれたまま喋っているような感じがした。

「・・・かもね」
ナミはしっとりとした笑みを浮かべる。
「もしかしたら、いつも口惜しいと思ってたのかも・・・・」
腕から厚い胸板に手を移動させながら、ナミはその先端に唇を寄せる。

ぬるりとした感触が痺れるような刺激に化け、背筋を駆け上がる。
「あっ・・・ぐ、ぅ・・・・」
漏れ出る声をどうしても止められない。

ナミの笑い声はさざなみのように広がる。
「恥ずかしくなんてないわ」
甘く、そして毒を含んだその声は、あたりを包む煙に似た香を放つ。
「好きなように声、出していいのよ・・・・」

胸元を弄んでいた手は、気づけばゾロの下腹に降りてきていた。
ナミの手はゆっくりとゾロのズボンをゆるめ、その中とへ入りこむ。

「ねぇ? ゾロ。聞こえる・・・・?」
「う・・・・う・・・」

柔らかな刺激と甘い囁きがゾロの両足を掴んで、快楽の淵へと引きずり込もうとしている。

「あっ、ぁ・・・」
ゆらゆらと落ちていく感覚の最中、ナミの手が直にゾロ自身に触れ、ゾロははっきりと濡れた声をあげた。

自身の脈打つ音が身体全体を震わせる。
爆ぜてしまいそうな衝撃をやり過ごすと、快感は穏かに寄せては返すようになった。

「凄く・・・・」
ナミの声が泡のように浮かびあがり、弾ける。
「可愛い顔してるわよ。今のアンタ」
「・・・・・・っ、るせ・・・」
辛うじて毒づくものの、呼気の熱さは如何ともし難かった。

「狂暴な魔獣も、今は大人しい猫みたいなものね」
ナミの声にも幾許かの酔いが聞き取れたが、反論はできなかった。
ナミの唇は音もなくゾロ自身を飲み込む。
「くっ、・・・・・・ちっ、くしょ・・・・」
ゾロの身体が一瞬強張り、そして静かに脱力する。
抵抗などできなかった。


水に浮かぶ一枚の木の葉。
風に揺られ、水に侵され、それはゆっくりと沈んでいく。
ゾロはそんな映像を脳内で繰り返し見ていた。



煙は昇る。
それを見上げながらゾロは、
どこまでも堕ちていく気が、した。




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