+裏書庫+


  紫煙蕩揺う間は Date: 2003-09-26 (Fri) 
*"手の中にひとひらの灰"続き*




全体の三分の一程が灰へと変わっている煙草。
フィルタには鮮やかな紅が残されている。
それが本来の役目を果たせぬまま、灰皿の中でただ虚しく紫煙を天に送っている。

バーボンと氷の入ったグラス。
これもまた必要とされずに、時の経過と共に氷がその身をアルコールと同化させつつある。時たま、崩れいく氷がグラスとぶつかり小さくも硬い音を響かせている。


とある島の海軍官舎。
会議、視察或いは応援要請によって召集された将校専用の一室。
寝室と書斎兼応接間。広さはさほどではないが、室内品は上等の誂えである。

窓を背にした広いデスクに散った書類の上に、まだ未開封の封筒が乗っている。
その傍らに、燻り続ける煙草とグラス。
仮初の主の姿は見えない。

と、扉の開く音と共に室内の空気が動く。
天へと伸びていた一筋の煙が僅かに揺らめく。

寝室へと続く扉が開き、出てきたのは背の高い女だった。
形のよい素足。すらりと伸びた手脚。
バスローブから露出した肌が、シャワーの後の熱気と淡い香りを室内に放っている。

今現在のこの部屋の主は美貌の女将校であった。


ヒナはデスクの方へ歩きながら、頭に巻いたタオルを取り床へと落とす。
艶やかな長い髪が、端正なその顔を覆う。

割と無造作にその髪を振り払うと、椅子に深く腰をかけ脚を組む。
バスローブの裾がはだけ、顕わになる太ももが何とも艶かしい。

おもむろにグラスを手に取ると中味を飲み干す。
ぬるく薄まってしまった中味にやや顔を顰め、煙草へと手を伸ばす。
灰を落とし、軽く咥えると一番上に乗せられている封筒を掴み、開封する。

咥え煙草のままパラパラと書類を捲り内容に目を通すと、ヒナは唇の隙間から細い溜息を漏らした。

全く、とひとりごちる。
本来ここに来るべきは自分ではなかったのだ。

―おかげで面白いコに会えたけど―


代理で出てきた自分が、彼の追いかけている海賊に会ってしまうとは。
全くもって運命というのは素敵な程に皮肉に満ちている。
ばさりと書類をデスクに投げ置くと、ヒナは小さく笑った。
その視線の先には不恰好にひしゃげた煙草入れがある。


―流石にここまではやってこないかしらね―
ちょっとした悪戯心で自分の居場所を教えてはみたものの、手配済みの海賊が海軍の官舎まで乗り込んでくるとは到底思えない。

―まぁ、期待はしてはなかったけど―
本格的に短くなった煙草を灰皿に押し付ける。

―少し惜しいコトをしたかしら―
つまらぬ会議になど少しばかり遅刻しても構わなかったかと不遜なことを考えつつ、ヒナは書類の下部に自分の名を書き記す。

ふと首筋に感じるほんの僅かな空気の揺れ。
万年筆を手にしたまま、ヒナはゆっくりと髪をかきあげる。
ふわりと柔らかい髪が踊った次の瞬間。

ヒナは下を向いたまま、その手先を背後に翻す。
素早く持ちかえられた筆先。
鋭利な武器と化したその一寸先には。


「ルームサービスにゃ随分と物騒な出迎えですねぇ」
喉元に突きつけられた筆先を全く気にかけていないようなのんびりとした口調。
「そんなものは頼んでなくてよ」
腕を下ろし、ヒナはくるりと椅子を反転させる。
口調は厳しく冷たいものだったが、顔は笑っている。
それは悪戯好きの子供を見るような苦笑に近いものだったが。

その視線の先には、一人の男。
ヒナが振り返るその間に男はその身を一歩引いていた。
大抵の事態には対応できる距離。それをさり気なく保っている。

若い男の身を包むブラックスーツ。それは闇に溶けてしまいそうでいて、男の見事なブロンドを引きたててもいる。
若干姿勢は悪いもののすらりとした立ち姿。
片手に乗せられた銀のトレーは微動だにしない。

「流しの料理人手ずからのサービスなんですけどねぇ」
サンジは薄く形のよい唇の片端を持ち上げて、声をださすに笑う。
「しかも、命がけ」
言っていることは丁寧なのだが、口調に関しては何ともガラが悪い。

それを聞いてヒナは軽く溜息をつく。
「貴方、その口調だけ何とかしてくれたら、私飼ってあげたいくらいなのに。
残念だわ、本当に残念」
心底惜しそうなヒナを見て、サンジは今度は声を出して笑う。
「すいませんね、育ちが悪いもんで。
でも、そのギャップが堪らないっていうレディーも結構いるんですけどね」

理解できないわ、と天を仰ぐヒナ。
「・・・で、如何します? 」
つい、とサンジはトレーを差し出す。

「こんな夜更けに女性に食べ物を勧めるのもどうかとも思うけど」
「もしお望みならアフターサービスも付けますがね」

そう言って若き料理人は挑戦的に笑った。
恐れを知らぬ瞳の色。それはヒナにとっては決して不快なものではなかった。


―タマにはこういう直球勝負も悪くないわね―
「そっちは食欲が満たされてから考えてあげてもいいわ」
「それでは、失礼して」
つかつかとデスクに近づくサンジは無造作にも片手で書類の束を脇へとずらしていく。

「海軍の極秘文書も含まれてるんですけどね」
キロリと睨まれたサンジは肩を竦めつつも、片付ける手を止めない。

「只今、俺の目には目の前の美女しか映ってないですから」
軽口を叩きながら空いたスペースにマットを敷き、てきぱきと皿を並べていく。
その手つきは流石に鮮やかだ。

楽しげにその様子を眺めていたヒナがふと何かに気づく。
「・・・・・貴方、これをわざわざ自分の船から持って来たの?」
目の前の料理はまるで作りたてのような温かさと香りを保っている。
「ノー・サー」
答えながらサンジは小さく肩を震わせて笑っている。
「いや、俺ァあんまり期待してなかったんですけどね、軍の食卓事情なんて。
どうして中々いいもん使ってるじゃないすか」

「・・・・呆れた」
流石のヒナもそれ以外に言葉が出なかったようだ。
「まぁ、今頃厨房で眠ってるヤツも何人かいますが、責めないでやって下さいよ。
職務怠慢じゃねぇ、運が悪かっただけで」

しゃあしゃあと答えるサンジの靴に僅かにこびりついた血痕をヒナは見逃さなかった。
それから再びサンジを見つめる。
華奢な優男風の外見に惑わされると痛い目にあうという訳か。

「では、どうぞ。レディ」
サンジはヒナの背後に回り、椅子をデスクへと近づける。
その際にきわどい脚のラインを逃すことなく目にして、小さく口笛を鳴らすのを忘れなかったが。

「あぁ、あとグラスってあります?」
ついとサンジはワインのボトルをデスクの上で滑らす。

「さっき飲み損ねたヤツ」
そう言ってサンジはヒナにウインクを送った。

ヒナは笑って、褐色の重厚な戸棚を指差した。



「あなたって本当に料理人なのね、しかもいい腕しててよ」
口元を拭いながら頷くヒナはいたくご満悦の様子だった。

「・・・・・これだけの腕があったらどこの店でもやっていけるでしょうに・・・」
やや離れた応接のソファで足を組み、満足げに一服つけている料理人をチラリと見やる。
「どうして海賊に―?」

その疑問に答えることなくサンジは立ち上がる。
口の端に煙草を咥えたままゆっくりとヒナの元へ。

「では、それはよろしければ寝物語にでも―」



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「やっぱり金かかってんなぁ」
半ば呆れたような物言いで、腰にバスタオルを巻いた姿のサンジがバスルームから出てくる。

「海賊仕様ではないことは確かね」
ベッドにて待つ女が答える。
クッション代わりにした枕に背を預け、ヒナは煙草を揺らした。

「まぁ、あの馬鹿共にあんだけの金つむんだからなぁ」
真直ぐサンジはベッドへと向かう。
「お望みなら今度貴方にもかけてあげるわよ」
参ったとばかりにサンジは軽く両手を上げる。
「そりゃ謹んで遠慮しますよ。コレ以上顔が広まったら今以上に罪作りな男になっちまう」

ベッドまであと一歩。そこでサンジは足を止める。
足元に転がっているローブがまるで抜殻のようだ。
では、目の前のこの女は―

薄い掛布だけを身に纏い、待ち構える女。
底冷えがする程に整った造作。布越しにでも分かる完璧なプロポーション。
湿り気を残したまま、躰に沿って流れる髪。
それは、羽化したての蝶を思い起こさせた。

蝶に見せかけた毒蛾かも知れないが、とサンジは苦笑する。

「女性で、若くて、美しくて・・・
それでいてここまでの地位があるってことは、能力者の可能性もある訳だ」

サンジの言葉に、ヒナは瞳をめぐらしニィと笑う。
「・・・かも知れないわね。触れたとたんにガシャン! てことも」
と、ヒナは自らの手首を掴んでみせる。
不敵な笑みを絶やすことなく。

「さぁ、どうする?」
手にした灰皿に煙草を押しつけながらヒナは真直ぐにサンジを見る。
賭けを促すディーラーのような瞳で。

「ここまで来てそんな野暮なことはしないでしょう、貴女は。それに・・・」


きしり。
小さく悲鳴と共にスプリングがもう一人の重みで僅かに沈む。

ヒナの前に身をのりだすサンジ。
その重みでヒナの纏っていた柔らかい掛布がするりと落ちる。
顕わになった胸を隠そうともせずにヒナはサンジを見つめ続ける。

「目の前の宝に手もださねぇで退散したんじゃ、海賊の名折れだ」
ニヤリと笑うとサンジはヒナの手中にある灰皿に煙草を押しつける。
僅かに煙を上げる灰皿を取り上げ床に置くと、サンジはヒナの唇に狙いを定める。

「悪くない答えね。気に入ったわ」
艶然と微笑むと、ヒナはサンジの頬に手を伸ばした。
触れ合った瞬間から口づけは深くなった。
二つの舌が相手の領土を侵すべく深く挿し込まれる。

或いは攻めるが如く入り込んだその舌を逃さぬように絡め取ったり。

「もう少しスマートかと思っていたけど。でも悪くはなくてよ」
そんな口づけを何度か繰り返した後、完全に唇を離すとヒナはぺろりと唇を舐め、満足げな顔をする。
「いつもはそう心がけてはいるんですけどね。
相手が貴女じゃあ、気を抜いたら逆に喰われちまう」
「・・・・・誉め言葉ととっておくわ」
肩を竦めるサンジに苦笑するヒナ。
「では、喰われないようにせいぜいお気をつけなさい」
笑みをおさめると、ヒナはするりとベッドの中から抜け出す。
惜しげもなく裸身を晒し、ヒナはサンジの正面に膝をついて立ち上がる。

首の後ろに回された白くしなやかな腕。
ゆっくりと引き寄せられながら、サンジは大げさに溜息を溢す。
「例え能力者じゃないにしろ、その躰は十分凶器ですって。男にゃね」

くっくっと笑いながらサンジの耳の傍に唇を寄せるヒナ。
笑いをおさめるとその耳にひっそりと囁く。

「では、約束の寝物語を」
言い終わりに軽く耳朶を噛んで。


「それって事情聴取?」
茶化すように聞きかえすサンジの頭をヒナは馬鹿ね、と軽く小突く。

「個人的興味」
そう言ってヒナはサンジの首筋を撫でた後、その手を下ろしていく。
細身ながら程よくしまった胸板へと。

くすぐったそうに一瞬目を細めてからサンジは口を開く。
「ちょっと探しものがあって―」

真直ぐにサンジの瞳をみつめるヒナ。
ただ、手だけを更に下へと進める。

ヒナの手が触れると、バスタオルがはらりととける。
サンジもまたヒナから目を逸らさない。

顔色を変えることなくヒナはサンジ自身に手を伸ばす。
掌で包み込むとサンジの肩が微かに揺れた。

「そいつを見つけにここまで来ちまったんですよ」
先端をゆっくりと撫で回すヒナの手。
柔らかな刺激にサンジは照れたような、少し困ったような表情を見せる。

「どうしてもこの目で見たいんで、っ」
だが、次の言葉は途中で途切れた。

サンジは顔を顰めると、身体を強張らせる。
優しく動いていたヒナの手つきが一変したのだ。

根元から先端までを、まるで射精を促すかのような勢いで扱きあげる。
撫でられている内に零れた液体が滑りを良くし、与えられる快感を増幅させる。

「っく!!」
息をつくとサンジはヒナの手首を掴む。
余裕たっぷりに自分を見つめるヒナにサンジは苦笑を返す。

「・・・危ね、喰われちまうとこだった」
冗談めかしながらも荒くなりかけた息を整える。
それからサンジは、自分の首にまわされた腕を外す。

ヒナの両の手首を掴み、腰を落とさせる。
先程とは全く逆の体勢だ。

「では、今度は俺から」

掴んだ手を離して首や肩に残る髪を払い、顕れた肌に口づける。
海に生きる人間とは思えない程滑らかなその髪、その肌。
それでも所々に残る古い傷痕は、この女が苛烈な戦場で生きてきたことを物語っている。


「どうしてあなたは戦いに身をおくんです? こんなにしてまで」
質問の後、サンジが傷の一つに舌を這わせるとヒナの躰が僅かに反応を示す。

「あんまり昔のことで忘れてしまったわ...もう」
心地良さげに瞳を伏せると、ヒナはサンジの愛撫に身を任せる。

「ただ...自分がどこまで昇れるか、それが知りたいのかもね」

豊かな胸の輪郭を撫ぜながらサンジは再び口を開く。
「だったら海賊でもいいんじゃないですか?」
サンジの問いにヒナは小さく首を振る。
「それは無理ね。追われるのは嫌いなの。追う方が性に合ってる、わ...っ!」

語尾が乱れたのは、サンジに胸の先を噛まれた所為だ。
思わず首を反らせるヒナにサンジは三度問う。

「じゃあ、何故今日はこんな真似を?」
サンジはゆっくりと体をずらしていく。

上半身からサンジの姿がなくなっていくのに合わせて、ヒナはゆっくりと脚を開く。

「言ったでしょう。あなたが気にいったと。
一度くらいなら追わせてみてもいい、と思わせるくらいにはね」

「光栄なことで」
サンジは恭しい仕種でその中心に唇をつける。

「でも一度だけ..二度は...ない、わ...くっ..」

サンジがヒナの熱く潤む内側に指を潜らせる。
ざらりとした襞を指の腹に当て押し広げてから指を追加する。
二本の指に内部を掻き回され、ヒナは思わず息を飲み、開いた脚を大きく引き攣らせる。

それでもヒナは視線を外さない。
そんなヒナの視線の先で、サンジはゆるゆると指を引き抜く。
どろどろに濡れた指先を滑らし、花弁を押し開く。

そうして全てを顕かにした後にもう一度唇を寄せる。
冴え冴えとした表情とは対照的に益々熱を帯びる縁に舌先を軽くあてがうと、内側から溢れた滴りがサンジの舌を伝う。

その潤みをサンジは丁寧に舐めあげる。
繊細に、それでも感じさせようという意志を明確に示しながら動くサンジの舌。

最初は慎ましやかであった水音が徐々に大きくなっていく。
それと同調するように、軽く結ばれていたヒナの形のよい唇が乱れていく。

その舌先が溢れる体液を掬う度に。
その舌先が赤く熟れた肉芽を掠める度に。


眉根を顰めて息を吐く。
嬌声、とまではいかない僅かな声と共に。
荒い、それでいて艶かしい息づかい。

その様子をサンジは上目づかいに覗う。
「声を殺して喘ぐ美女って無茶苦茶そそるなぁ・・・・・・・
このままもう少しサービスしましょうか?」

「・・・・・・イヤなコね」

ニヤつくサンジの顔をヒナは睨め付けたが、それは長くは続かなかった。
ふ、と頬を弛ませるとサンジの手をとり、引き上げる。

「・・・いらっしゃい」

ヒナがゆっくりとベッドに倒れ込むのと、それを追いかけるようにサンジが柔らかな肉の内に己を滑り込ませたのは同時だった。

「あぁぁっ!!」
短いがそれとはっきり分かる嬌声がヒナの喉から押し出される。

ただ、そのことに気づく余裕がサンジにあったかどうかは疑問だが。

根元までをすっかりと埋めてしまうとサンジは大きく息を吐き出しながら項垂れる。
金の髪がばさりと宙に舞う。
熱い息を吐き出した後のその顔は苦しそうであり、また切なげでもあった。

一呼吸の間強張っていたサンジの肩から力が抜け、代わりに上げた顔には笑みが浮かんでいた。

お世辞にも余裕があるとは見えない笑みではあったが。

「・・・・やっぱり、今日だけにとしかなねぇと身体が保たねぇな」
やや乱れた前髪の下で瞳が光る。

「・・・・ヘタしたら常習(クセ) になっちまう―
貴女でなきゃダメなくらいに」

「今日一番の口説き文句ね」

躰の奥深くまで貫かれた直後のヒナの固い表情がほころぶ。
サンジの頬にあてていた掌をそのまま後ろへ伸ばし、首に絡める。

「堕ちてくれますか?」
引き寄せられ、ヒナの唇間際でサンジは囁く。

「一度だけなら―」
微笑の形に動いた唇は、次の瞬間サンジの唇を塞いでいた。


互いの唇は離さぬまま、繋がった下半身はただひたすらに離合を繰り返す。

行き場をなくした吐息を共有し、熱を分け合う。
声は唇を介して出されることはなく、喉の奥でくもぐった音をたてるに留まった。

声なき獣のような交わり。
とめどなく流れる汗はサンジの顎を伝って落ち、ヒナの首筋を流れる。
サンジは何度となくヒナを突き上げ、或いはヒナ自らがサンジを引き抜くように腰を捩る。
その度に長い髪がシーツに不規則な紋様を描いていく。

身を動かす度に変わっていく紋様。
それは動きの激しさに比例するように複雑なものになっていく。


「・・・っあぁっ、畜生っ」
がばりと顔を上げるとサンジは己に悪態をついて唇を噛み締めた。

そうしなければ耐え切れなかったのかも知れない。
引きずり込まれるような快感に。

昼とは全く異なる魅力を持つ顔、肢体。
男の全てを喰らおうとする貪欲な穴。

その全てに負けてしまいそうな気がした。


「っく、ヒナさ....俺、も、マジヤバイっ....」
額に滲む汗を震わせながら、サンジは声を絞り出した。
平素出すこともない切羽詰った声。

それでも身体は疼きを訴えて止まない。
例えもう長くはもたないと頭では分かっていても。

欲望のままに打ちつけられるサンジ自身をヒナは腰を浮かせて、更に深く迎え入れる。
体内で男が暴れる度に周りの肉が悦びに打ち震えるのが分かった。

「っ、は...あ...サンジっ、サンジっっ!!」

男を捕える快感に躰が痺れる。
こんなに躰が熱くなったのは、よがる自身の声を止められなくなったのは久しぶりだ。
そして行為の最中に男の名を呼ぶのも。
酩酊にも似た感覚に身を任せながらヒナはそう思った。

その直後に放たれた熱い飛沫がこの酔いを覚ますのだということも。



篭っていた熱も落ちついてきた頃。
ベッドから身を起こすと、ヒナは煙草に手を伸ばす。

「次に会ったら、私貴方を捕えるわ。必要があれば殺す」
今しがたまで肌を合わせていた男に対するそれは冷酷なる宣言。

サンジは顔色を変えることもなく、肩肘をついて起きるとヒナの煙草の先に火を灯す。


「貴方も私を殺すつもりでいなさい」
煙を吐き出しながらヒナは静かにそう告げた。

「俺は女性には手を上げない主義でね」
ヒナを見上げたまま、サンジは答える。

「それが敵でも?」
「敵でも」
「なら貴方、この先生きてはいけないわ。死ぬしかない」
淡々とした表情を変えないヒナ。

「まぁ、俺もまだ死ぬわけにはいかないんでせいぜい逃げさせてもらいますよ」
「私は貴方が死ぬまで追うわよ」

「貴女みたいなイイ女に追いかけられるなんざ、男冥利に尽きるでしょう」
そう言ってサンジはニヤリと笑う。

ふふ、と笑みを溢すヒナ。
サンジは音もさせずにベッドを抜け出し、身支度を整えている。

肺に溜まった煙をヒナは大きく吐き出す。
煙の先でサンジはヒナに背を向けたままジャケットに袖を通している。

煙が消えるとサンジは振り返り、何も言わずにただ穏かに笑って見せた。

「行きなさい」
静かにヒナは言う。
煙草を灰皿に押しつけながら。

「この煙が消えたら忘れるわ、今日のことを」
白磁の表面に灰が押しつけられ、立ち上る煙が一瞬乱れる。
その煙と共にこの泡沫の関係は終わる。

だからこの1本が燃え尽きるまで、その間だけは―


「行きなさい、サンジ」
目を閉じ、髪をかきあげながらヒナはもう一度繰りかえした。

表情の読めないヒナの顔。その直前の空気が揺れる。

そして唇に微かに感じる温もりと煙草の香り。



「ご利用ありがとうございました」

きっと彼は一礼をしたのだろう。
あのしなやかな身体を優雅に動かして。
鮮やかに笑いながら。

そんな光景がありありと浮かび、ヒナを微笑ませた。

次の瞬間、気配と共に温みが掻き消える。
まるで最初からそんなものはなかったかのように。


そして、ヒナが目を開けたとき、そこに残されたのはただ一筋の紫煙だった。



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