+裏書庫+
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夜の記憶(上) |
Date: 2005-06-01 (Wed) |
*"蒼の記憶 6"続き*
1.
触れた唇は、冷たくまるで氷のようで、痛ましいくらいに硬くこわばっていた。
氷の唇を溶かすように、じっとヒナは唇を押し当てていた。
口づけたまま、ヒナは頬を包んでいた両手を滑らせてサンジのネクタイに指をかけた。水を吸い、硬く締まった結び目を解いていく。首から外したネクタイを手放せば、それは重い水音をたてて床に落ちた。
細い指がシャツのボタンにかかる。僅かに離れた唇を追うようにサンジが身を乗り出したので、ヒナの目は苦笑のような形で細められた。
一つ一つ外されていくボタンに、やがて現れた肌はすっかり色を失っていた。ぐっしょりと濡れ、肌に纏わりつくシャツを剥がした。
「後は自分で――」
屈めていた身を起こそうとしたヒナを引き止めるようにサンジは手を伸ばした。
「・・・・・アンタも濡れてる」
ボタンへと伸びた指は、だが、それを外すことは出来なかった。
サンジの意思とは無関係に、かじかんだ指先はガタガタと震えてしまう。伸ばした手は力なく腿の上に落ちた。
「・・・・・なっさけねぇな、俺」
拳を握って俯くと、自嘲気味にサンジは呟いた。
その拳が温もりに包まれる。顔を上げたサンジの目に拳を包むヒナの手が映った。そして、その向こうに自らの手でボタンを外していくヒナの姿が。
ヒナは何も言わず、ボタンを外していく。
柔らかな上着は音もなく肌を滑り、床に落ちる。顕わになった裸の肩の上を長い髪が滑り落ち、乳房を覆い隠した。
息を飲み、ただただ見つめるばかりのサンジの前で、ヒナは腰の辺りに手を伸ばす。
サンジの目を見つめたまま、ヒナは夜着を脱いでいく。身体が揺れるたびに、ちらちらと覗く胸が例えようもなく扇情的だった。
穿いていた夜着がするりと下が落ちれば、白く形のよい脚が現れる。その様は羽化したての蝶を思わせた。
その脚をゆっくりと交互に動かし、ヒナは最後の一枚を取り去った。
「これで、いい?」
裸身を惜しげもなく晒し、ヒナは優しい笑みを浮かべて両腕を伸ばした。
冷えきった肩を抱く。
「馬鹿ね・・・・・こんなになるまで・・・」
温かで、そして柔らかな女の身体はサンジを安堵させた。サンジは感覚が戻りつつある胸にヒナの乳房を感じた。冷たく硬い男の胸にあたる乳房の感触と、僅かにその形を変えた先端と。気づけばサンジは勃起していた。
やがてヒナはゆっくりと身体を離した。サンジの右頬を軽く撫ぜ、張りついていた髪を梳いた。
「ちゃんと、身体をふいてからいらっしゃい」
そう言ってヒナは身を翻す。目の前から去ろうとするその姿に、サンジはビクリと身を震わせた。
行かせない。どこにも。もう、どこにも。
反射的に、サンジは手を伸ばしていた。遠ざかろうとするヒナの手首を掴んだ。
サンジは無言のまま、掴んだ手を強く引く。振り返ろうとしたヒナの髪が宙で弧を描く。その弧が突然、乱れた。
サンジの腕がヒナの腰に巻きついていた。背を向けたままのヒナをサンジは引き寄せた。
よろめいたヒナを腿に乗せ、サンジは片手でベルトを外し、ジッパーを下ろす。ガチャガチャと乱暴な音が浴室に響いた。
引きずり出した分身は、身体に残された熱をそこだけに集めたかのように大きく脈打っていた。
何の前戯もなしに、サンジは性急な仕草で女の秘所に自身をあてがう。
「ちょっ・・・サンジ、待ちなさ――、っ!」
反射的に身を捩ったヒナの、その細い腰に回した腕に力を込めて動きを封じると、サンジは侵入を試みる。
ヒナはサンジの膝に手をつき、僅かに腰を浮かせた。
「急には、無・・理っ!」
ヒナの抗議が終わるか終わらないかのうちに、サンジはこれから自分が入ろうとする体内に指を入れた。
「っ、あっ!」
つき立てられた爪は、サンジの膝に甘い痛みを走らせる。
「・・・嘘だね。全然大丈夫じゃねぇか」
俯いたまま呟けば、湿った金の前髪はヒナの長い髪に絡む。揺れる髪越しに、滑らかな背にサンジは口づけた。
冷えた指にねっとりと絡む液体は熱い。サンジは無造作に指を掻き回して、切なげに目を細めた。そこに入りたい、と身体は叫び続けていた。
女の中から抜いた指を自身に絡め、サンジは再びそれをヒナに突きつけた。
「・・・待てねぇって、もう」
低く呟くと、サンジは一息で己をヒナの中に埋め込んだ。
瞬間、女の喉から張り詰めた悲鳴があがったが、それはすぐに弛緩した。
吐き出す息の中で、掠れた声が熱ィと呟く。
指よりも遥かに敏感な場所でヒナの体内の熱を感じ、サンジの身体は大きく震えた。
その動きに刺激され、ヒナは短く声をあげた。
過ぎた快感から逃れようとしたのか、或いは逆に更に深く迎える為だったか、ヒナが僅かに腰を浮かせた。
ずるり、と吐き出される感触で、サンジの根元が外気に触れる。白々とした浴室の光が体液に塗れたその場所を冷たく照らした。
サンジとヒナとの間に生じた隙間。それを目にした途端、濡れた髪の隙間に覗くサンジの瞳に凶悪な光が走った。
「ダメ、だ」
床を踏みつける音が浴室に響く。
繋がったまま、サンジは立ち上がり、その勢いのままヒナを浴室の壁へと押しつけた。
「あ・・・くっ・・・」
ヒナは壁に両手をつき、低く呻く。吐き出した呼気は目の前の壁に弾かれた。
背後から伸びた冷たい手がヒナの手のひらを包むように押えつける。
「行かさねぇ」
開いた隙間を埋めるように、サンジは一層深くヒナを貫いた。
豊かな胸が壁にぶつかる。背後から押し付けられる度に、両の乳房は艶かしくその形を変えていった。
二人の足元は水浸しの床。
サンジが腰を突き上げる度に、その足元で水が跳ねる音が聞こえる。
絶え間ないその水音に煽られるように、サンジはヒナの体を貪り続ける。
濡れた毛先から滴が振り落とされ、サンジの背に幾筋もの線を作った。
手の甲に、そして背に感じるサンジの身体は、まだこんなにも冷たいのに、途切れ途切れに荒く吐き出す息は、熱くヒナの首筋を嬲った。
「お、れ・・・・」
手荒に過ぎる侵入にも関わらず、ヒナの中は熱く、そしてしなやかにサンジを受け入れ続ける。過ぎた快感に頭は痺れ、まともに考えることすら覚束ない。それでもサンジには伝えるべき言葉があった。
快楽の中に溺れそうになる直前でサンジはぶるり、と首を振った。
「・・・ずっと、こうしたかったんだ・・・きっと」
大きく吐いた息にヒナの髪が揺れた。
「アンタに会った・・・あの時から」
違う、と言ってサンジはヒナの手を包んダ己の手に力を込める。
「・・・・支部でアンタに会う、ずっと前から、だ」
そこまで言ったところで、サンジは苦しげに息を詰める。
まだ離したくない。そんな願いとは裏腹に、奥へ、奥へと求める本能を押し止めることは最早できなかった。痙攣するような動きでサンジはヒナの中を深く抉った。
二つの息遣いが重なる。
いやが上にも引き摺りだされていく欲望。
その後間もなく、サンジの全身が瞬間的に強張った。
「あっ・・・・く、ぅ」
堪えることが出来なかった声と共に、引き抜いた自身の先から白く濁った体液がぼたぼたと落ちていく。
重なっていた身体が離れ、息が整えば一層寒さが身に染みた。
ヒナがサンジの手の中から自らの手を引き抜く。
滅茶苦茶に、抱いてしまった。
サンジの目の前で揺れる髪。振り向いたヒナの顔を、サンジは直視することが出来なかった。
床へと落とした視線の先では、熱の残骸が水に滲んでいた。
2.
肩にバスタオルをかけただけの姿で、一人ヒナはベッドサイドに腰かけていた。
枕元に置いてある煙草を取り出す。ライターの打ち石の音がやけに大きく響いた。
ベッドサイドのささやかな灯りをともし、ヒナは指先であたりを探った。確かこの辺にあったはず、と見当をつけ、手繰り寄せたのは無骨な格好の携帯用ボトルだった。
中身の酒はどこかの戦場に持っていった時のまま。どこの戦場だったかはもう覚えていない。
キャップを外し、ヒナは喉の奥深くにその液体を流し込む。熱い液体が喉を、胃の腑を焼く。
しかし、その熱さもヒナの身体が持て余す熱を忘れさせはしなかった。
有無を言わせぬ勢いで求められた。
思い出せば、身体に刻み付けられた感覚がざわりと背を粟立たせる。
たまにはああいうのも悪くはないわね――
ヒナは俯く。煙と、アルコールとそして小さな笑い声が薄闇に溶けた。
床板がほんの僅か軋み、その場に人が現れたことを告げた。
顔を上げたヒナの視線の先に、腰にバスタオルを巻いたサンジの姿があった。
湿り気を帯びたままの髪が、その表情を隠している。何も言わず、サンジは開け放したままの戸口にひっそりとただ立っていた。
「どうしたの?」
ヒナの問いかけに、サンジは裸の肩を僅かに震わせた。
サンジは一度顔を上げ、それからまた俯くと横に小さく首を振った。
先程の強引さが嘘のような、まるで初心な少年のような仕草に、ヒナは微笑を浮かべた。
「いらっしゃい」
寝室へと招き入れれば、暫しの沈黙の後、サンジは躊躇いがちに足を進める。
ベッドに腰を下ろしたままのヒナのその前に立ち、サンジはゆっくりと顔を上げた。
「・・・・大佐・・・・俺・・・・・」
ヒナはただサンジを見つめている。
「・・・・・・・・・・悪ィ」
逡巡した挙句、ポツリと呟いたその一言にヒナは笑みを返した。
傍らの灯りなら眩しくはない。目の前の女の微笑が眩しくてサンジは目を伏せた。
「男と女の間こと、何を謝る必要があるの?」
「・・・・けど」
ばつが悪そうに言いよどんだサンジに、ヒナはくすくすと笑いを零す。
その声が不意に止んだ。
「謝る必要はないけど、アナタ―」
そう言ってヒナは腕を伸ばす。
「本当に反省してる?」
バスタオル越しに指でなぞった男の器官は、すっかり硬さを取り戻していた。
うわ、と身体を反らし、サンジは慌てた声で答えた。
「ア、アンタがそんな格好でいるからだろっ!」
目を伏せれば、豊かな胸元に流れ込む長い髪が、細い腰がどうしても目に入ってしまう。
そして組んだ脚の奥には、ついさっき無理やりにこじ開けた唇が。
目を閉じれば濡れた感触がまざまざと蘇り、身の内の欲望を呼び起こす。
「若ぇんだよ、俺は」
勢い込んで言った後に、自分の歳が分らないことに気づき、サンジは拗ねた表情で、多分、と付け加えた。
「ようやく調子が戻ってきたかしら?」
低く笑いながら告げたヒナを見、サンジは首を傾げた。
その言葉で、ようやく自分がヒナの顔を真正面から見ることができたことにサンジは気づいた。
「じゃあ、さっきのお返しを頂こうかしら」
人差し指がバスタオルの結び目を弾く。ハラリと落ちていくバスタオルをサンジは目を剥いて見送った。
「んなっ!?」
驚愕の声の下で、ヒナはサンジの腰を引き寄せる。
舌で唇を一撫でし、顕わになったペニスをその唇の中に迎え入れた。
「・・・た、いさっ・・・・っ、くっ!」
女の口の中は温かく濡れていた。
先程突き入れた体内とは違う。それは柔らかな温かさだった。
乱暴に酷使したペニスを癒すように、ヒナの舌は優しく全体を舐め上げる。
根元にあてがわれた舌がゆっくりと先端へ向かう。
柔らかくて、それでいてざらつく感触にサンジは堪らず声をあげ、上体を丸めた。
殆ど反射的に、サンジの指はヒナの肩を掴む。
サンジの敏感な反応を楽しむように、ヒナの舌は様々な角度からペニスを味わった。
ず、と吸い上げる音をさせ、ヒナは一度ペニスから唇を離した。絡んだ唾液の糸が音もなく切れた。
ヒナの舌から解放され、サンジは小さく息を吐く。切なげなサンジの表情を目にし、満足そうに微笑むと、ヒナはその身を伸ばして顔を傾けた。長い髪が横に流れ、胸元が顕わになる。
サンジの先端を片手で押さえると、その付近、括れの裏側にヒナはそっと口づける。
肩に置かれたサンジの指先がピクリと動いた。
ペニスの裏側を唇に挟み、張り詰めた筋を舌先で幾度もなぞる。
「・・・あっ・・・・う」
掠れた声をあげ、サンジの唇が歪む。その様子に、ヒナは舌先を触れさせたまま目を細めた。
悩ましげな顔で見下ろすサンジを見上げたまま、ヒナは見せつけるように舌を伸ばした。
自身に纏わりつく舌の動きのいやらしさ。端正なその顔が動く度に揺れる乳房。
その姿にサンジは、煽られていく。
感じやすい場所を内側から、そして外側から交互に舐められれば、じわじわと快感が高まっていくのが分かった。
益々硬さを増したその幹に、ヒナは先端にあてていた手を滑らせる。
唾液と、そしてサンジの内側から染み出た体液でぬめるペニスの根元を、ヒナは強めに扱いた。
サンジの息が詰まる。
きつく握り締めた手が大きく震え、ヒナの肩からバスタオルを落とした。
これ以上刺激されれば、限界に達してしまう。
それは分かっていたが、求めずにはいられなかった。
「・・・咥え、て・・・・頼、む」
絶え絶えの息でそう言い、サンジは目を閉じた。その下で、ヒナが笑ったような気配を感じた。
その次の瞬間、ペニスはぬるりとした口腔に再び囚われた。
最初に口に含まれたときのような柔らかさはもうなかった。
唇は強くペニスを挟み、きつく吸い上げる。内部の熱を引きずり出さんばかりに。
細い指は根元に絡みつき、その動きに合わせてペニスは女の口の中を出入りする。
混ざり合った体液を啜り上げる音がサンジの耳を犯す。
「すっ、げ・・・・ぇ」
口で締めつけながらもヒナの舌は、ペニスを引き抜く度に裏筋や敏感な先端を撫ぜていく。
快感を追うのだけで精一杯で、他には何も考えられなかった。
幾つもの刺激にサンジは喘ぎ、ヒナの頭をかき抱くように腕を回した。
滑らかな髪がサンジの腕に絡む。
途切れ途切れの熱い吐息を頭上に感じながら、ヒナは口の中深くにサンジを受け入れ、舌先で愛撫を続ける。
サンジの腕に抱かれたまま、ヒナは頭を反らし、何度も唇でペニスを扱く。
下腹部からヒナの頭が離れれば、サンジは回した腕を強く引く。
その度に首を振る仕草を見せたのは、離さないという意思表示なのか、それとも過ぎた快感をやり過ごす為だったのか。
「や、べっ・・・・も、出、ちまう!」
震える声でサンジは、己の限界を告げる。
慌しい動きで、ヒナの頭に回した腕を解き、両手を肩に置く。身を引き剥がそうとするサンジを止めたのはヒナだった。
下がろうとするサンジの腕をとり、引き寄せる。
その反動で、サンジは更に深くヒナに咥えられる。濡れた音は益々大きく、そして煽情的に響いた。
「くっ、・・・・は、ぁ!」
吐く息と共に、震えは頭から始まった。
二度三度、サンジは激しく頭を振った。濡れた髪が頬に貼りつく。
それから腰が、意思とは無関係に引き攣ったような動きをみせた。
「・・・・たい、さ――」
まるで許しを請うように、切なげに歪めた顔はこの上なく魅力的だった。
ヒナの唇は強くペニスを扱き上げ、括れた部分で止まった。
ぐるり、とその括れを舐め、それから筋に沿って舌を上へと這わせる。
止めどなく体液を滲ませる先端に、ヒナはそっと舌先を潜り込ませた。許しを与えるかのようにそっと。
そして、それが引き金となった。
ドクン、と脈うったペニスは次々と精液を吐き出していく。
腰を、腕を震わせながら、サンジは荒い息と共に、自らの体液でヒナの口を満たした。
全てを出し切った頃合をみて、ヒナはゆっくりとペニスを引き抜く。
ヒナの唇から解放されると、サンジは腰を抜かしたように床にへたり込んだ。
ぜいぜいと大きく肩を上下させながらサンジはヒナを見上げる。
それから目を閉じると僅かに喉を反らせ、口の中の液体を飲み下した。
口の端に残ったものを舌で舐めとり、ヒナは優雅に笑ってみせた。
「くっそ!」
余裕の笑みで見下ろされ、だらしない格好で腰を下ろしたまま、悔しげな表情でサンジはくしゃりと髪をかき回した。
「・・・・何か、ある分全部搾り取られた気分だぜ」
サンジの言葉に、ヒナはあら、と小首を傾げた。
「もうおしまい?」
若いはずでしょ、と揶揄するような声音に、サンジは不敵な笑みを浮かべた。
「クソ、ぜってー、イかせてやる」
「あら? 女のイかせ方、覚えてるの? アナタ」
「覚えてるかどうか、試してみるか?」
濡れ髪の隙間から覗く瞳を輝かせ、サンジは右膝に手をつき、ゆっくりと立ち上がった。
続
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