+裏書庫+
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夜の記憶(下) |
Date: 2005-06-01 (Wed) |
3.
好戦的な瞳を向けるサンジから目を離し、ヒナは口元に笑みを浮かべたままベッドサイドに手を伸ばした。
口淫の前に開けたボトルがそこにある。
指先がボトルに触れる。硬く冷たい感触に自分の手が思いの他、熱を持っていることに気づいた。
苦笑を隠し、ヒナは一息で中身の液体をあおった。
口の中に残るサンジの残滓が瞬く間に溶かされ、流れていく。焼けつくような熱だけを残して。
軽く目を閉じ、ヒナは体内を落ちていくその流れを感じた。
「酒?」
尋ねたサンジは答えを待とうともせず、ボトルをヒナの手から摘みあげ、口をつける。
首を傾げ、面白そうな表情で成り行きを見守っていたヒナの前で、サンジは途端に顔色を変える。
「・・・ぶはっ!?」
思わず噴き出したサンジは、目を丸くし、手にしたボトルを見つめた。
「キ、キッツ・・・・!!」
ゲホゲホと咳き込みながら手の甲で唇を拭う。
「どこに飛ばされても平気な、凍らないお酒よ」
クスクスと笑いながらボトルを取り返し、ヒナはもう一度それを傾けた。
最早、一口二口では酔いもしなくなった身体。ただ、神経の隅々にまで熱波が駆け巡るその感覚をヒナは楽しむ。
熱を帯びたままの手をヒナは目の前に立つサンジの頬に伸ばした。
「坊やには少し早かったかしらね」
指先で弄ぶようにその輪郭を辿れば、サンジは表情を強張らせた。
強い視線でヒナを見下ろし、サンジは無言のまま片手でヒナの手の中のボトルを弾いた。
落ちたボトルが床に跳ねる音が聞こえた。そして、濃密なアルコールの香りが漂い始める。
サンジはヒナの空いた手首を掴み、ベッドへと押し倒す。
反転する視界の中、アルコールが強く香った。
決して凍ることのない酒。
全て流れ出してこの部屋ごと酔わせてしまうといい、とヒナは思った。例えそれが瞬きの間のことだとしても。
仰向けのヒナの横にサンジは膝をついた。
子供扱いされたのがよほど口惜しかったのか、ムキになった瞳は真直ぐヒナを射抜く。
そういうところが子供だと言うのよ――
それでも感情のままに向けられる視線は心地良い。アルコールなどよりよほど自分を酔わせてくれる。
ゆっくりと伸ばされる広い手のひら。ヒナは黙ったままサンジの手に身を任せた。
頤を掴まれ、動きを封じられたヒナの顔をサンジは真上から見下ろす。
若さ故の頑なさを見せる瞳が落ちてくる。
目を閉じてしまうのが惜しい。そうヒナは思った。その瞳がこれからどう動くのか見ていたか。それでも少し迷った後、ヒナはやはり目を閉じることにした。
先程拭った所為か、乾いた唇が押し当てられる。湿り気を帯びた前髪が落ち、ヒナの額を擽った。
一旦、離れたサンジは、唇の感触を確かめるように僅かに角度を変え、すぐにもう一度唇を落とした。
合わせた唇の合間からサンジはちらりと舌を伸ばした。
濡れたその先が探るようにヒナの唇の中に潜り込むと、ヒナは薄く唇を開いてサンジを迎え入れた。
アルコールの香を残したサンジの舌が、ヒナの舌を捉えた。
絡めるようにヒナの舌を持ち上げ、サンジは時間をかけてその裏を愛撫した。
ゆっくりと唇の外に運び出したその舌を、サンジは唇で挟み、先程ヒナがしてみせたように柔らかに扱いた。
漏れる吐息と唾液の絡む音は静かに、けれど確かに欲望を燻らせる種火となった。
舌をサンジの唇の中に囚われたまま、されるがままになっているヒナの口の端から、つう、と唾液が一筋零れ、首筋までを濡らした。
それに気づいたサンジは、唇を離し、濡れた筋の先からゆっくりと舐め上げた。
ごく近くまで戻ってきた唇は、再びの口づけを望んでいたが、その前にヒナの唇が動いた。
「アナタのキス、私、好きよ」
小さく笑うようにサンジは息を吐いた。
「そりゃ、どうも」
「・・・以前と少しも変わらない」
ヒナのその言葉にサンジの顔から笑みが消えた。
「私と寝て、何か・・・・・思い出した?」
目の前で動く唇。
サンジは自らの手をのひらを見つめる。
その肌に触れた手のひら。どうすれば悦ぶかを知っている手のひら。
そして、その身体を思い出すだけで昂ぶる自身と。
身体の全ては確かに知ってる。ただ、思い出せないだけで。溺れるほどの酩酊感が身体に染みついている。
けれど――
「無理だって」
サンジは見つめていた手のひらをヒナの項に潜り込ませた。
今、そのことで思い悩むことは出来なかった。ただ、裸で身体を合わせていたかった。
指先にしなやかな髪が絡む。するりと梳いたその髪にサンジは口づけた。
「考えられねェよ、今は。アンタとやる以外のことは」
驚いた表情で、そして次にヒナは、あはは、と暗い閨には似つかわしくない軽快な声で笑った。
「思い出さなくても女は口説けるのね、ヒナ感心」
「誰にでも言う訳じゃねぇよ」
憮然と反論するサンジをちらりと見て、ヒナは益々盛大に笑った。
「昔のアナタに聞かせてあげたい台詞ね、それ」
溜息交じりでサンジは身を屈める。
「どういう意味だよ」
サンジの言葉に更にヒナは尚も笑う。肩が大きく揺れた。
「・・・・・・笑うなって」
低く呟いてサンジはヒナの首筋に唇を寄せた。まだ笑いのおさまらない身体は小刻みに震えている。
構わずにサンジは唇を下ろしていった。
美しく弧を描く鎖骨に口づけ、その下、柔らかな乳房を吸った。
クスクスと笑う声で豊かな乳房は揺れる。サンジはその先端を唇で挟むと、その唇をきつめに引き結んだ。
笑い声が一瞬途切れる。息を飲む音と共にヒナの身体は今までとは違うタイミングで震えた。
立ち上がりつつある乳首を咥えたまま、サンジは口元だけで笑んだ。
胸の先を唇で包んで、舌先を滑らす。浮き上がった乳首の、その輪郭を整えるように何度も舐め上げた。
サンジは顔を上げ、笑い含みにヒナに声をかける。
「やっと笑うの止めたな」
「いやなコ」
睨むヒナに笑みを返し、サンジはヒナの胸を鷲掴みにする。手のひらに余る胸の、硬く尖った先端を長い指で挟んだ。
「少しキツイ方がアンタ好きだろ?」
サンジの言葉にヒナは悩ましげに眉根を寄せる。
「本当に、やなコ・・・・っ!?」
挟み込んだ指をスライドさせ、サンジは乳首を扱く。
そうして、指の合間から顔を覗かせるその先端に舌を伸ばした。
こりこりとした感触を楽しみながら、サンジは挟んだ指ごと乳首の先を幾度となく舐めた。
ヒナは肩肘をつき、僅かに上体を浮かせる。
男の大きな手で歪められた胸元で金の髪が揺れている。
一定のリズムでその顔が上下に揺れる。チラリと口元から覗く舌の動きはいやらしく、その様を目にした途端、ヒナの下腹に甘い疼きが芽生えた。
どうして分かったのだろう。
ヒナの体内の疼きに気づいたかのように、サンジは、ふと顔を上げた。
乱れた前髪の隙間から覗く目は笑っていた。
一瞬の笑みを残し、サンジは再びヒナの胸元に顔を埋めた。片方の手で、ヒナの秘唇を探りながら。
「ここも、上と同じようにする?」
尋ねながらサンジは指に力を入れた。
「そうね」
身体に走る震えを懸命に抑え、ヒナは笑みを浮かべた。
そうして身を起こすと、サンジに見せつけるように、自ら両脚を大きく開いた。
淡い茂みの両側を指で押さえ、ゆっくりと開いていく。
薄い襞の奥に柔らかな肉の入口が見える。その上に顔を覗かせる小さな粒も。
僅かな灯りにでも、そこがしっとりと濡れていることが分かった。
吸い寄せられる。
例え命を代償としても構わないと思わせるほどに。
美しく、そして淫らな花。
花に食われてしまう虫はこんな気分なのだろうか。
ゴクリ、サンジが息を飲む音が聞こえた。秘唇に見入っているサンジの瞳を覗き込むと、ヒナの笑みは妖しさを増した。
「上手に舐められたらご褒美をあげるわ」
くっ、とサンジは短く笑う。
攻めているつもりが、攻めさせてもらっているだけなのか。どうにも掌の上でいいように転がされているような感が拭えない。
「全くもって、アンタらしい言い方だよな」
苦笑いと共に、サンジはヒナの脚の合間にゆっくりと顔を下ろしていった。
秘められた箇所を自ら暴く細い指の先にサンジはキスを一つずつ置く。
それから濡れて纏わりつく襞を舌先で掻き分け、溢れる蜜を啜った。
ずるずると卑猥な音が快楽を求める本能を煽る。
跪くような格好で、サンジは舌を伸ばす。上下に艶かしく動く舌は、体液をすくい、或いは跳ね上げる。
わざと下品な音をたてながら、サンジは視線だけをヒナに向け、ニヤリと笑った。
人の悪いその笑みに、ヒナは眉を顰めた。
「行儀の悪い犬」
ヒナの言葉に更に深く笑うと、サンジは一際大きな音をたてて液を啜り上げた。
それから顔を起こすと、愛液にまみれた口元を腕で拭う。腕はべったりと濡れ、女の体内の匂いが移った。
現れた口元は、さも可笑しげに歪んでいる。
「そりゃ、飼い主の躾が悪んだろ?」
「なら、もっと厳しく躾けてかなくちゃならないわね、ヒナ反省」
「そいつは後でだな」
そう言うと、サンジは再び視線を落とす。
熱い泥濘の中に人差し指と中指の二本を突き入れると、サンジは指の腹を女の天井にあてて内部を探り始めた。
声はなく、代わりに長い溜息が闇に流れた。
蕩けるように纏わりついていた内部の肉が、やがてざらりとした感触に変わる。
ヒナの腰がビクリと跳ね、それに気づいたサンジは、ざらざらとしたそこを押し上げるように交互に指を掻いた。
指を出し入れする度に、水音は大きくなり、流れ出した愛液は手のひらまでを濡らす。
サンジは舌を伸ばし、手首にまで垂れた液をペロリとすくう。そして液に濡れた舌先を、突き刺したままの指の上、擦られた刺激で半ば顔を出している陰核に押し当てた。
ヒナの身体は敏感に反応を示す。
見上げたサンジの目に、悩ましげに眉根を寄せるヒナの表情が映った。
常に凛として隙のない女が快楽の方へと傾き、に崩れかけている。もっともっと溺れさせ、そして乱してやりたいという欲望はもう止められはしなかった。
濡れて艶やかな粒の表面を磨くようにサンジは舌先をくるくると回す。
荒く不規則に揺れる息遣いの中に、耐え切れない喘ぎが混じる。
指の、そして舌の動きが早まれば、その比率は徐々に逆転していった。
ヒナの中はサンジの指に吸い付くようにその形を変える。
二本の指で、腰を浮かせるほど激しく擦り上げる。手首を回すたびに、愛液は飛沫となってあたりに散った。
まるで水瓶を掻き回しているかのような音が、耳を犯す。
「・・・・! く・・・・・っ、あぁっ!!」
仰け反った喉は痛々しいほど白く、長い髪がばさりと背に流れた。
頑なに閉ざしていた殻を破り捨てたような、それはあからさまな嬌声だった。
短くも悩ましい声と共に、ヒナの両腿が引き攣れたように震える。そして、その体内も。
それを目にしたサンジは、指を動かすスピードを落とした。繰り返し締め付けてくる内側の肉を宥めるように、柔らかくゆっくりと撫ぜていく。
やがて、ヒナの身体からこわばりが解けた頃、サンジはゆっくりと指を引き抜いた。
白く、粘り気のある液体を纏わりつかせたその指を見せ付けるようにして、サンジはヒナに添うように身を近づける。
「躾の悪い犬にイかされた感想は?」
にやける男をヒナは無言で睨みつける。
心底愉快そうに、喉を鳴らすサンジの手をヒナは無言のまま払った。
それは瞬きの間の出来事だった。
バランスを崩して仰向けに倒れたサンジの両手をとると、頭の上で束ねる。重ねられたヒナの手が溶けるように形を変える。
「え?」
目を丸くしたサンジ。起き上がろうにも頭上で固められた手首には鉄の錠がかけられている。
険しい顔を一転、ヒナは優雅に微笑む。
「ご褒美の時間よ。・・・それとも、躾の時間かしら?」
4.
「っ、く!」
歯を食いしばり、起き上がろうとするものの、両肩が僅かに持ち上がっただけで、ベッドに沈み込んだままの黒の錠は微動だにしない。
固く張り詰めていた二の腕は、やがて降参したかのように弛緩した。
溜息にも似た大きな息を吐くと、サンジは視線をヒナに向ける。
「・・・・そういや、能力者だったんだな。アンタ」
ヒナの目元が驚いたようにピクリと動いた。
その表情に気づいたのかどうか、サンジは悪戯っぽい笑みを浮かべてみせた。
「完璧忘れてた」
「呆れた・・・・・」
長い髪を纏わらせただけの裸の肩をヒナは竦める。
人たることを放棄する度胸もないくせに、悪し様に罵る声は必ずある。
悪魔の実の能力者。
人外の化け物。
自ら選んだそれは誇りであり、同時に自らにかけた呪いでもある。
罵声、礼賛、嫉妬、恐怖。そんなものに満ちた瞳をヒナは数多く知っていた。
けれど、この男は――
ヒナは細めた瞳に冷たい光を宿らせた。そうして真直ぐにサンジを見下ろす。
片手を伸ばし、その首に指をまわした。
「その気になれば今すぐにアナタを殺すこともできるのよ」
冷ややかな眼差しと同じく、その声もまた冷たい。
「怖くはないの? 私が」
「別に」
声音は気負いもなく、至って普段どおりのものだった。
「アンタは俺を殺さねぇよ」
「どうしてそう思うの?」
「アンタが俺に惚れてるから?」
サンジはヒナを見上げ、真面目くさった表情を見せる。
暫し見つめ合った後、ヒナは小さく噴き出した。
誰もが"悪魔の実"というフィルタを通して自分を見る中で、この男は生のままの自分を見ているというのか。まるで、当たり前のもののように。
海上レストランで育った、と資料にはあった。
海賊にも海兵にも分け隔てなく給仕し、時には戦う。何とも特殊なレストランだとそこは評されていた。
そういった環境が、この男に、偏見に左右されない瞳をもたらしたのだろうか。
一方しか見えない瞳をヒナは見つめる。
捨てきれないほんの小さな柔らかい場所を、この男はいとも容易く見つけ、触れてくる。どうしてかそれは全く不快ではなかった。
サンジに寄り添うようにヒナは身を伏せる。
可笑しそうに身を震わせるヒナを、サンジは不思議そうに見つめている。
ヒナは口元を綻ばせたまま、サンジの顔を覗き込む。長い髪がサンジの頬を包むように落ちた。
「だから、アナタを手放せないのかしら、私?」
ヒナがそう囁くのと、サンジが煩そうに顔を振ったのは同時だった。
「何? 何か言った? 今」
問いかけるサンジに、ヒナは首を振った。口元には静かな笑みがある。その笑みを妖しげなものへと変え、ヒナは口を開いた。
「どうやって躾けてやろうか、って言ったのよ」
異議を唱えそうなサンジの唇を、ヒナは次の言葉が出る前に封じた。
絡みついてくる舌をかわし、ヒナはサンジの下唇を甘く噛む。そうしながら、頬から滑らせた指先はサンジの胸板を擽る。
僅かに浮き上がった先を爪で弾けば、サンジはビクリと頤を引く。
「っ、あ!」
ヒナの唇から逃げ出した唇が震えるのを見て、ヒナは愉快そうに眦を下げた。
「可愛い声」
笑い含みの声にサンジは顔を顰めかけ、だが、胸元を抉るように動いた熱い感覚に、その表情を手放し、喉を震わせる。
ヒナの舌先は、じっくりと味わうようにサンジの胸板を幾度も舐め上げていく。とうに敏感になっている突起を捕らえられる度にサンジの肩が跳ねた。
サンジは顔だけを起こして、胸元で蠢くヒナを見た。
柔らかな唇から伸びた舌がうねりながら自分の肌を這っていく様は、視覚からも快感を呼び起こしていく。
「くっそ・・・っ!」
焦れた仕草で腕を揺するも、状況は全く変わらない。
「ったく、何つーエロい能力」
サンジの胸の上で顔を上げ、ヒナは微笑む。
「私もそう思うわ。ヒナ同感」
微笑んだ唇をヒナは足元の方へと移動させる。
硬く締まった腹筋に口づけし、その下、もう完全に立ち上がっているペニスに手を添える。
手のひらで包んだペニスの根元に近い幹をペロリと舐める。それだけで、手のひらにペニスからの反応が伝わった。
ヒナはペニスを飲み込もうとはせず、ただ幹の表面を舌でなぞった。
「も、う・・・辛ぇんだけど」
チラリと向けられた視線にサンジは苦笑を向けた。
「さっきから挿れてぇのずっと我慢して、っつ!」
ヒナの舌使いにサンジは起こした頭をベッドに沈めた。
「そうじゃなきゃ、躾にならないでしょ?」
事も無げなヒナの言葉に、サンジはされるがまま、天井に大きな溜息をついた。
「流石、年増のセックスはしつこい」
「何か言って?」
顔を上げれば、鋭い視線を走らせ、意味ありげにペニスを握り締めているヒナの姿があって、サンジは思わずゴクリと生唾を飲み込んだ。
「いーや、何も」
「そう。じゃ、しつこいセックスに付き合ってもらおうかしら」
優雅に髪をかき上げると、ヒナはサンジ跨るように膝をつく。
細い指でペニスの根元を挟むと、ゆっくりと扱き上げながらそこへ腰を沈めていく。
焦がれた入口は熟れた肉感でサンジを取り込んでいく。音もなく、けれど確かに消えていく自身をサンジは見ていた。
自分の一部を女の体内へと侵入させる、征服欲にも似た甘美な思いが頭を震わせる。
甘い溜息を一つ落とすと、ヒナはゆっくりと動き始めた。繋がった場所で、絡み合う茂みが、さりさりと密かな音をたてた。
「ご褒美に、なった?」
「・・・・・微妙」
サンジは頭上に目をやる。
「外してくんねぇ? コイツ」
「まだダメ」
そう言ってヒナは深く、前へと腰を送った。体内で蠢く幾重もの襞に擦り付けられ、サンジは低く呻いた。
深く繋がったまま、ヒナは身を伏せるとサンジの胸板に口づける。
流れる髪はサンジの身体を絡めとろうかとするように広がる。サンジを体内に取り込んだままヒナは動かず、舌先で汗ばんだ胸元を愛撫し続ける。
蕩けるような快楽の中、時折胸にあたる熱い呼気がその先へとサンジをかきたてる。
「・・・・なぁ、俺もう限界」
呟きを耳にして顔を上げたヒナに、苦笑の眼差しを送ると、サンジは強く腰を揺すり上げた。
ダブルより一回り大きなベッドは、一見して作りが良いと知れるが、それでも一瞬の衝撃にギシリと大きな悲鳴を上げた。
不意の反撃に、サンジの上でヒナの身体が大きく跳ねる。
思わずあげた高い声は、驚きか、嬌声か。その声と時を同じくして、サンジの手首を固めていた黒の枷が消えうせた。
ヤリ、という低い呟きと不敵な笑みでもって軽やかに身を起こすと、サンジは繋がったままのヒナの身体をベッドに沈めた。
ヒナの膝に手を置き、身体を開くと、サンジは抜けるギリギリまでペニスを引き出し、それから一気に貫いた。
締めつけ、擦られる快感に身震いがする程だった。
それはヒナの方も同様で、豊かな胸がふるふると震え、長い髪がシーツの上に豪奢な模様を描いた。
手折られて、尚、咲き誇る薔薇を思わせる美しさがそこにあった。
「綺麗だな・・・・アンタ」
知らずそんな台詞がサンジの口をついて出た。驚いた目で見られ、サンジはうろたえて視線を外した。前言を誤魔化す言葉を探して右を見、左を見してから、口を開く。
「そういや、アンタと寝たのバレたらウルセェだろうな」
口元に笑みを浮かべ、サンジは、特にあの二人、と付け加えた。
「殺されるかもよ、アナタ」
「返り討ちだろ?」
閃かせた凶悪な笑みの下、心の片隅で、殺されても構わないと思ってしまったことを隠して。
目を細めたヒナをサンジは再び貫く。ヒナは白い喉を闇に晒した。
そうして二人の間から言葉が消えた。求めるままに動く身体と獣じみた息遣いと。それが全てだった。
サンジは強く頭を振る。
こんなにも欲しくて堪らないのに、溺れていくことに対する恐怖がどうしても拭いきれない。
気づけば失うことを考えている。今、こんなにも熱く繋がっているのにも関わらず。
それでも、欲することは止められない。考え続ければ胸の内が二つに分かれてしまいそうだった。
一度、動きを止めたサンジは、ゆっくりとヒナに覆いかぶさった。
「サン・・・・? どうし・・・・っ、ああっ!」
訝しげな声は、突然、悲鳴に変わった。
身体を密着させたまま、サンジは前にも増して激しく腰を送ってくる。顎の先まで伝った汗が滴となってヒナの肌に落ちた。
「あぁっ! そこ・・・っ!」
ぬめるサンジの先端に天井を擦り上げられ、ヒナは喘ぐ。
サンジもまた苦悶の表情を浮かべた。敏感な先端を舐めるようにざらつく襞が絡みついてくる。
互いに余裕なく吐き続ける息の間隔がみるみるうちに狭まり、やがて終息の時を迎えた。
ぐったりとベッドに沈んだまま、サンジは面倒くさそうな仕草で手だけで煙草とライターを探し出した。
爪の先ほどの灯りが、気だるげな表情を照らし出した。
煙を一つ吐き出して、サンジは低く唸る。
「どうしたの?」
「俺・・・・・・アンタに惚れてるんだろうな」
恐れを越えて抱かずにはいられないほどに。
「サンジ・・・・」
「多分、俺」
向けられる視線に目を合わせず、サンジは天井へと昇っていく煙を見つめている。
「何回でもアンタに惚れるよ。いつ・・・・どこで会ったとしても」
自分でも何故こんなことを言うのか、サンジには分からなかった。けれど、分からないなりの確信があった。
「サンジ、アナタ」
「・・・・くっそ、もう目ぇ開けてらんねぇ」
煙草頼む、と口ごもりながら伝え、サンジは眠りに落ちた。
話すのをやめた唇から煙草を抜き取り、ヒナは代わりに咥えた。
どういう意味だったのだろう。
何かを思い出したのか、何かを感じ取ったのか。
先を暗示させるような言葉だった。
この夜は何かを変えてしまったんだろうか。
全く、やきもきさせてくれる。
静かな笑みを湛え、ヒナは指先でサンジの唇をなぞる。
一抹の不安はあれど、とりあえず今は眠ろう。この記憶を抱いて。
ヒナは、枕元の灰皿に煙草を押しつける。
煙は名残惜しそうに天へと昇り、やがて闇に溶けていった。
終
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