+裏書庫+


  ヒトリノヨル フタツノヨル Date: 2005-06-01 (Wed) 
night-1

こじ開けられる快感に身震いする。
意外に柔らかな髪が目の前で揺れる。片方だけしか現さない瞳は、情事の最中にもくるくると表情を変える。
特に皮肉げに、時に驚くほど温かく。
そして今、がむしゃらに腰を打ちつけながら、野性味を帯びた目で睨むように見つめてくる。
あぁ、そんな目もいいわね。
じわじわと追い詰められていくのを愉しんでいる途中で、不意にその瞳が消えた。


目の前に夜明け前の闇があった。
カーテンの端から色の薄い空気が忍び込んでいる。ヒナは起き上がると片膝を立て、そこに額をつけて低く笑った。
見事にリアルな夢だった。
身体はまだ幻の侵入者の感覚を覚えていて、思い返せば下腹部がジンと痺れた。
全く。
ヒナはゆっくりと身を起こす。その途端、身体の内側を体液が伝い落ちていくのが分かった。苦笑しつつ煙草とライターを手にベッドの上に胡坐をかいた。
煙草に火をつけ、大きく吸い込む。吐き出した煙の向こう、枕元に置かれたサイドテーブルに原因と思しきものがあった。

千切れたシャツの片袖。
治療やら事後処理のゴタコタでとうにどこかに消えてしまったと思っていたそれがひょんなことで戻ってきた。
どうするか決めあぐねて枕元に置いておいたのが――
幸か不幸か。
ヒナは煙草を咥えたまま、片袖を手に取る。そして、もう一方の手にライターを持つ。
いっそ燃やしてしまおうか。
静寂に包まれた室内に、石を打つ音が大きく響いた。
火の先端、透明な陽炎が袖先に触れようとした所で、ヒナはライターを押さえていた指を離した。
火が消え、辺りは再び闇に戻る。
我ながら未練がましいかしら。
小首を傾げ、ヒナは指先でくるくると布を弄ぶ。やはり次に会うときまで預かっておこう。借りたものは返さないと気分が悪い。これも子供じみた言い訳だけど。

それまでは、夢で会いましょうか?
指先で煙草を挟んで唇から離し、ヒナは微笑む。
片袖の端に軽く口づけし、煙と共に小さな溜息を一つ。




night-2

仰向けになっている自分の上に、女が跨っている。
すらりとした女の脚の合間で、当然のように繋がっていた。
乱れた髪が胸元で踊り、細い腰が妖しくうねる。その度に蕩けそうな程に甘い刺激が腰から脳天に広がった。
扱かれるたびに高まっていく熱は、暴走寸前で。
思わず女の身体に手を伸ばした。
女が浮かせた腰を無理矢理に引き戻す。そのまま離さず狂ったように腰を突き上げ続けた。
女は切なげに口元をゆるめる。けれど、その口から声が漏れることはない。
何故か、気に留める余裕はなかった。ただ、その身体を貪り、そして、果てた。


「・・・・・マジかよ」
だあぁ、と呻いて、サンジはのろのろと身を起こした。
昨夜はソファの上で眠ってしまったのだった。サンジはソファの上で暫し呆然として、それから辺りを見回す。
僅かな灯りにようやく慣れ、小汚い男部屋の様子が目に入るようになった。
ったく、何でまたこんなむさ苦しい所であんな夢を。
溜息をつきながらガリガリと頭を掻いた。
夢精なんてどのくらいぶりだ? ヤリたい盛りのお年頃って訳でもねぇだろうに。
意外にクッションの良いソファの所為かも知れないな、と苦笑しながらサンジはその辺に落ちていたバスタオルを拾い上げ、慎重に腰に巻いた。
誰のか知れないタオルは、はっきり言って気持ち悪かったが、贅沢は言ってられない。まぁ、こんな風に使われるほうも気分悪いだろうからおあいこだろう。
「洗って返すからよ」
寝こけるクルーの誰かにそう言い残して、サンジはよたよたと男部屋を後にした。

顔を顰めながらタオルと汚れた下着をバスタブに放り込み、サンジは蛇口を捻る。
水のシャワーは精液を流してはくれたが、ベタつく感触は拭えない。シャワーヘッドをバスタブの底に転がすと、サンジはその縁に腰を下ろし、水が湯に変わるのを待った。
溜まってはいたんだよな。
あれから女と寝ていない。いくつか港を回り、ナンパしようと思えばそれも可能な時間もあるにはあったが。

で、夢で張り切っちまった訳だ。
全く、どんな強力な呪いをかけられたものか、現実の女にさっぱり食指が動かないってのに。
「蹴られようがぶん殴られようがヤっとくべきだったよなぁ」
最後の朝を思い出し、しみじみとサンジは呟く。それにしても。
この若さで完全インポなんてやだぜ、俺。
「そうなる前に早く会いに来てよ、オネーサン」
苦笑いのサンジはシャワーヘッドを爪先で蹴飛ばした。そうして小さな溜息を。




一人で過ごす二つの夜。
つかの間の切ない時間を、二つの溜息がそっと結んだ。




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