+裏書庫+


  persuade me Date: 2007-05-18 
*オモテNOVEL【海軍】『蒼の記憶』番外編



火にかけられたやかんの蓋がカタカタと小さく震えだす。注ぎ口から立ち上る白い湯気を見つめながら、サンジは咥えていた煙草に火をつけた。
赤くなった先端を戯れに上下に揺らしながら、サンジは手近な戸棚に手を伸ばした。
手にしたのはダージリンの缶。引き出しから銀のスプーンを取り出すと、缶の蓋を開け、茶葉をすくう。
二分・・・・いや、二分半てトコか?
大き目の茶葉。それを見れば、どの位の時間でそれが最も芳しい香りを放つかが分かる。
自分のことは何一つ分からないというのに。
温めたポットに茶葉を移しながら、サンジは自嘲気味に頬を歪めた。

キッチンのカウンターの向こう、煙草と湯気の二重の煙越しにリビングが見える。広々とした長ソファには、光沢のあるローブを纏った女の姿があった。
長い髪を背もたれに流し、形の良い脚を両方ともしどけなくソファの上に伸ばしている。
純白の羽根でできた扇を持つお付きの者の姿が隣に見えないのが不思議に思えるほどにその女の姿は優雅だった。
微笑を浮かべた瞳の先にあるのが、細かな書き込みの入った海図と撃沈した海賊に関する報告書という血なまぐさいものでなければ、だが。

ひょいと肩を竦め、サンジはポットの紅茶をカップに注ぐ。見立てどおりの水色と香りを放つカップに満足気な表情を浮かべ、サンジはその中にブランデーを落とした。
酒精混じりの湯気を立ち上らせるカップを手にサンジはリビングへ足を向ける。
「にしてもなァ」
ぞんざいな口調とは裏腹に、サンジは丁寧な所作でカップを乗せた皿を女将校に手渡した。
「何とも色気ねェ暮らししてんなァ。海兵サンてのは皆こうな訳?」
細い指がカップの取っ手を摘む。ヒナはカップに唇を寄せると、静かに傾ける。一口、喉を潤してから唇を離し、傍らに立つサンジをちらりと見上げた。
「通ってくる男が居るなら遠慮してもいいんだぜ?」
「ご期待に添えなくて悪いけど、そんな相手、いないわ」
その言葉に、自分が安堵したことに気づき、サンジは意味も分からぬまま据わりの悪い気分になった。それを誤魔化すようにサンジは、からかうような笑みを浮かべて口を開く。
「確かに、んな男が居んなら俺を口説いたりしねェか」
サンジを見上げるヒナの眉間が僅かに狭まる。
「誰が、誰を、口説いたって言うの? ヒナ確認」
冷ややかとも言える声音にも構うことなく、サンジは人差指をずい、とヒナに突きつける。
「アンタが、俺を」
自分を指差した後、サンジは床の上にペタリと胡坐をかくと、煙草を咥えた唇を不敵な形に歪めた。

涼しい顔でカップを口に運んでから、ヒナは噛んで含めるようにゆっくりと告げる。
「いいこと? こういうのはね、"口説いた"というのではなくて、"拾った"と言うのが正解」
だいたい、とヒナは顔を傾げる。長い髪が音もなく肩から滑り落ちた。
「男を口説いたことなんて、私ないもの。ヒナ皆無」
残りの紅茶を一息に飲み干すと、ヒナは空になったカップを皿に乗せた。サンジはヒナの手からその皿を取り上げ、テーブルに置く。同時に、先の短くなった煙草を灰皿に押し付ければ、視界にカップが映る。その縁にうっすらと残る紅の跡が、酷くサンジの心をざわめかせた。
「だったら――」
その訳を考えるよりも早く、言葉はサンジの口をついて出た。
「口説いてみろよ、今、ここで」
サンジの言葉を受けたヒナは、拳を口元にあて、小さな笑い声を漏らす。いかにも可笑しそうに肩を震わせながら、ヒナはその手をサンジの頬に伸ばした。
「随分と生意気な口を利くわね? 拾われた坊やが」
頬に触れた指先が顎鬚を撫ぜ、更に喉元へと伸びる。まるで愛玩動物にでもするかのように、ヒナは指先で男の喉を擽った。
「拾ったのはアンタ、だ」
抑えた口調には、抑えきれない熱が込められている。
「今度は口説いてみろよ、俺を」
目を眇め、サンジは喉元にあるヒナの手首を掴み、ぐいと引き寄せた。
それでもヒナは表情を変えない。内心の読めぬ涼しい瞳。それを間近で見返すサンジの瞳は挑みかかるような鋭さを顕わにしていた。

張りつめた空気を解いたのはヒナだった。

自分にこんなにも生意気な口を叩く若い海賊。
そして、どういう訳かそれを許してしまう自分。

サンジの見せた青さを愛しむように、ヒナは柔らかな笑みを見せた。だが、それはすぐに人の悪い笑みに取って代わった。
「面白い子」
その言葉に、サンジは我に返ったような素振りを見せる。熱に浮かされたような己の行動に戸惑いを隠せないでいるその顔に、みるみる内に赤みがさした。
同時に、その顔を見られることを恥じるように、サンジは顔を俯かせる。
そんなサンジに笑みを向け、ヒナは口を開いた。
「ここにいらっしゃい?」
片足をソファの下におろして傍らにスペースを作ると、ヒナはそこをトントンと軽く叩いた。
サンジは無言のまま立ち上がり、顔を見られるのを厭うようにヒナに背を向けて腰を下ろした。
ヒナは声を出さずに笑い、背後から包み込むようにしてサンジの胸に両手を回した。
「敵を落とすのに、口よりは手を動かす主義なの。私」
ヒナの指先がサンジのシャツのボタンにかかる。
「俺は敵かよ」
苦笑したような息がサンジの口から零れる。
「・・・・・・・・・・敵よ」
僅かに間を置いて、ヒナは低く呟く。
その一言に込められた複雑な思いを、この時のサンジは知らない。

一つ、また一つとボタンが外れていく。半ばまであけてしまうと、ヒナはシャツの衿を唇で挟み、ついと引いた。
男の首筋から、骨ばった肩までが顕わになる。
やがてサンジは柔らかな感触を肩口に感じた。それが女の唇だと分かった瞬間、カップに残された紅の跡が脳裏に閃き、サンジの背を粟立たせた。
ヒナの手は、何の前触れもなく胸元に潜り込む。指先にささやかな突起を感じ、そこに優しく爪を立てれば、サンジの口から短い声があがった。
「可愛い声」
クスクスと声を零しながら、ヒナは己の片足をサンジの足に絡める。
「顔が見えないのが惜しいわね。ヒナ残念」

黒のスーツの上に乗せた足裏を、ヒナはゆっくりとサンジの中心に向けて動かしていく。
「なァ」
「何かしら」
サンジは吐息とも聞こえる溜息をついた。
「横着してねェでちゃんと言葉で口説けよ」
どこか拗ねたような口ぶりに、ヒナは笑みを深くして更に足を寄せた。
スーツの布越しにくっきりと浮き上がったしるしを、ヒナは足の指でなぞる。
「身体はとっくに口説かれてるようだけど?」
「こ・・・んのエロ大佐!」
呻くサンジをよそに、深紅のペディキュアが塗られた白い指は、サンジの猛りをいたぶり続ける。
布の擦れる音に、いつしかサンジの苦しげな息遣いが混ざり始めていた。
やがて、切羽詰った様子でサンジは大きく頭を振る。金の髪が宙を舞い、落ちるその前に、大きく右に振れた顔がそのまま背後を振り返った。
「くっそ・・・・・畜生・・・っ!」
押し殺した呻き声と共に、サンジはヒナの腕を振り解くように身を捩ると、宙に浮いた女の手首をきつく掴み、そのまま深々とその身体をソファに押し倒した。
「口はもう動かさなくていいの?」
「もういい」
静かに微笑む唇に、サンジは己の唇を近づけていく。
「黙っててくれ」
サンジの前髪がヒナの額をくすぐる。二つの唇がまさに重なろうとした時、間の抜けた音がその隙間に割って入った。
二人の視線が音の出所を探ると、テーブルの上では、応答を待つ子電伝虫が、健気にその身を震わせていた。
弾かれたように身を離したサンジの下で、ヒナは仰向けのままテーブルへと手を伸ばす。乱れたままの胸元に心乱されるサンジの前で、子電伝虫は海賊の襲来を告げた。

支部からの報告を聞き終えたヒナは、するりと身を起こしてローブの胸元を整える。
そうして、にっこりと微笑むとまるで何事もなかったかのように、口を開いた。
「さ、楽しいお仕事の時間よ」
暫し呆然とした後、サンジは己の額を片手で覆い、それからキッと宙を睨んだ。
「くっそ! 海賊の野郎」
海賊の口から出たその言葉は、心底忌々しげなものだった。
堪らず噴き出したヒナは、声高らかに笑い続ける。
「・・・・な?・・・何だよ」
目を丸くしたサンジにウインクを一つ投げ、ヒナは立ち上がる。
「教えて貰いたかったら、次はアナタが上手に口説いてみなさい?」





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