■ eau bénite -dans un jardinsecrete- | Date: 2003-09-26 (Fri) |
こじんまりとした空間だった。
「私とパパしか知らないのよ、ここ」
立ち止まっているコーザの方に振り向くと、月明かりの元でビビはにっこりと笑った。
葬祭殿の裏手に位置する―ことも恐らくは殆ど知られていないのだろう。
屈まなくては入れない位の大きさの扉。
その鍵は、父と自分しか持っていないのだとビビは言う。
こじんまりとした空間だった。
扉から10歩程で対の壁まで行き着くだろう。
その代わりに煉瓦造りの壁は高く、内部にいると、そこが切り離された空間であることがよく分かる。
その壁にそってぐるりと背の低い立木が植えられている。
中央付近には小さな噴水。
小さな、といっても子供であれば十分プールにでもして遊べる位の大きさはある。
水をたたえる真ん中に円柱が立っており、その上に杯の形をした水受け。
そこが水の湧き出口らしい。
縁からは、月光を浴びた水が銀糸のように溢れ落ちていく。
月明かりに僅かに響く水音。
静かな、美しい庭だった。
「・・・ここは?」
立ち止まったまま問うコーザの背を押しながらビビが答える。
「ママが好きだった場所、なんだって」
コーザを噴水の傍まで連れてくると、ビビは立木の方へ歩きながら説明をする。
「パパと結婚してから、ほら、フラフラ出歩けなくなっちゃったでしょう。だから、パパがここを造ったんだって。ママの家の近くにある公園に似せて―」
あぁ、とコーザは思い当たる。
亡き王妃は市井の出で、現王は周囲の反対を押し切って一緒になった―
昔、父がそんな話をしていたことを。
娘を産んですぐに他界した王妃の顔をコーザは思い出すことはできない。
ただ、優しげな雰囲気と長い水色の髪は印象に残っている。
そして残された水色の髪の少女は―
立木の元にしゃがみ込んで何かを拾っている。
「・・・・花は・・・もたなかったわね・・・」
溜息混じりに呟いた掌からハラハラと乾いた粒が落ちていく。
「ここも・・・ずっと水を止めてたらしいから―」
それは、咲くことなく枯れ落ちた蕾だった。
「はいっ、コーザ!」
突然、場違いなほどの明るい声で、ビビはサンダルをコーザへ向けて放り投げた。
その瞬間まで、コーザはかける言葉を見つけることが出来ずに、ただビビを見つめていた。
突然のビビの呼び声と向かってくる物体に驚き、コーザは2、3歩後づさる。
細い2足のサンダルは微妙に異なった放物線を描いて目的地へとおさまった。
「・・・・何すんだ、一体?」
訝しげなコーザの問いかけが終わるか終わらないかのうちに、ヒラリとビビの体が舞う。
次の瞬間には、ビビは噴水の縁に移動していた。
両手を広げ、片足を交互に高く上げ、バランスをとりながら縁の上を進んでいる。
翻る裾からのぞくほっそりとした素足。
月光を映したような白い―
「ねぇ、コーザもおいでよ、ねっ!」
どうやら見惚れていたらしい。
最後の"ねっ!"で、コーザは我にかえる。
手招きするビビを見て、何を言われたのかを察したコーザは、同じように靴を脱ぎビビの横に立つ。
すると
「・・・あっ!!」
くるりと振り向いたビビが、コーザの肩越しに突然驚きの声をあげる。
何事か、とコーザがその視線の先を追ってビビに背を向けた瞬間、腕を強く引かれバランスを失う。
―やられた―
等と思う間もなく、一瞬の浮遊感の後にコーザを待ちうけていたのは、水の洗礼。
大袈裟な程の水音と共に、コーザを取り囲むように大量の水飛沫が上がる。
飛びあがった飛沫達は、いきおいしりもちをつくような格好になったコーザの頭に勢いよく降りかかる。
「水もしたたる・・・てね、二割増し位イイ男にしてあげたわよ」
してやったりという表情を浮かべ、ビビはコーザを見下ろしている。
「・・・・・・お前・・・ちょっと見ないうちに性格悪くなったな・・・」
水の中にへたり込んだまま、ずぶ濡れの仏頂面でコーザは言う。
水浸しになったサングラスを外し、胸のポケットへ入れる。
くすくす笑いながら、ビビは反論する。
「失礼ね! せめて"したたか"って言って欲しいわ。
それにね、この位で泣きが入るようじゃ、あの船じゃやっていけないわよ」
あの船―ビビが言うのはこの国を救った海賊の船のことだ。
その中でも紅一点の女性クルーを、ビビはいまも姉のように慕っているのだ。
コーザ自身は彼らと共に過ごした時間は極僅かであった。
それでも、コーザは彼らの事をよく―あたかも、共に航海をしたかの如く―知っている。
彼らが去った後、ビビは何でも話したがったからだ。
大事件から、些細な日常の笑い話まで。
過酷な状況の中、ビビがその重責に潰されることなく故国に戻ってこれたのもあの海賊団の持つ不思議な安心感のお陰かも知れない。
本当に彼らには感謝し尽くせない。
とは言え。
時折、コーザの胸をかすめる不安や焦燥。
影のような負の感情。
ビビが楽しそうに語る時。
嬉しそうに夢中で話す度に。
その感情はコーザの中に強く焼きついていく。
光が強いほど影の輪郭が明瞭に、色が濃くなっていくように。
ふと見ると、ビビはぼんやりと中空を見上げている。
噴水の縁に腰をかけ、裾が濡れるのも構わず膝までを水に浸しながら。
身動き一つせず。
その細い体を、あます所なく月が照らす。
白い肢体は、ますます白く―
まるでビビ自身が光を発しているかのように。
水に腰を浸したままでコーザも動かない。
堰きとめられたような時の中、緩やかに柱を伝って落ちてくる水が優しい波紋を作る。
水中で揺れる白い布。
ゆらゆら、ゆらゆら、と。
それがなければ彫像と見紛う程の少女。
華奢な体の上の小造りな顔。
以前よりもほっそりとした頬が、格段に大人びた、繊細な陰影をつくる。
石膏で塗り固められたかのように変わることのないその表情は、どこか作りものめいた印象を与える。
その笑顔は国を出る前と何ら変わるところはない。
それでも、ふとした時に見せるこの表情は―
大きな鳶色の瞳が追うものは―
―回顧、寂寥―
―そして、その先にあるのは自由への憧憬か―
パシャンッ
先程のものと比べれば控えめな水音であったが、それは静寂を打ち消す契機としては十分だった。
コーザがその広い両掌ですくった水をビビに浴びせかけたのだ。
頭から水をかけられた本人は、きょとんとした顔をコーザに向けている。
「・・・お返しだ」
そう言ってコーザは笑った・・・・つもりだった。
今の心情に引きずられるような笑み。
「・・・・・コーザ?」
訝しむようなビビの口調。
―俺は今、笑った・・・いや、笑えたんだろうか―
そんな不安が漣(さざなみ)のようにコーザの胸を波立たせる。
『お返し』
がしたかった訳ではない。
思考を止めたかった。
根拠のない憶測を。それを恐れる自分をコーザは恥じた。
―言うな―
コーザの手がサングラスを求めて胸ポケットを探る。
―早く、封を―
急く心とは裏腹に、体は言うことを聞かない。
サングラスを引きぬいたところで、ついにコーザの唇が動いた。
「・・・・・あいつらと...一緒に行きたかったか―?」
押し殺した呟きにビビははっとした顔をする。
それ以上にコーザは愕然としていた。
自分の発した言葉に。
―いつから・・・一体いつから俺はこんなに弱くなった―
サングラスを握り締めた手が力なく、はたりと落ちた。
俯いたままのコーザの前に影ができる。
ふと顔をあげるコーザ。
立ち上がったビビがゆっくりとコーザの元に近づいていく。
長い水色の髪を飾るのは幾つもの雫。
月の光を吸い込んだ煌く粒。
歩く度に零れ落ちる光の雫。
艶やかな髪を、柔らかな頬を伝って、その足元に幾つもの小さな輪を描く。
水を纏い、光と共に歩むビビ。
その姿はまさに今、水から生まれ出でたようで―
清浄―そんな言葉が相応しい気がした。
そしてそれは今の自分には似つかわしくない―そんな思いが再びコーザを俯かせる。
ふわりとコーザの足元に膝をつくビビ。
濡れ髪がコーザの視界に広がる。
「どうしたの?コーザ。いつまでも塞ぎ込んで―」
遠い昔に自分が言った台詞。
優しく囁くその声にコーザは、弾かれたように顔をあげる。
「不安・・・・だったの? ずっと・・・・・・」
"答え"を探すコーザの手が無意識にサングラスを引き寄せようとしている。
反乱軍を率いるようになってからコーザは常にそれを身に付けていた。
それは封印。
瞳を、表情を隠す―以上に心を隠すことに役だった。
戦いが終わった後でも手放すことができないでいるのは、いささかそれに慣れすぎてしまった所為なのかもしれない。
今尚、本心を晒すことができなくなってしまっている程に。
コーザのその手をビビが掴む。
ようやく瞳がぶつかる。
見つめ続けたら吸い込まれてしまいそうなビビの瞳。
それは少し寂しげで―
「隠さないで、コーザ。教えてよ、悲しいことも楽しいことも、不安なことも・・・」
ビビの唇がコーザに触れる。
自分を助けるために負った傷―その瞼にそっと。
聖なる福音をもたらすように。
「私も教えるから・・・今度はあの人達のことだけじゃなく私のことを―
どんなに貴方に会いたかったかを―」
そう言ってビビが首に腕を回すよりも早く、コーザが動いた。
手より放たれたサングラスが水中に没する。
封印が消え―
堰きとめていた思いが溢れていく。
―ヒトリデキエルナ、ドコニモイクナ、ソバニ・・・モウ、オレノソバカラハナレルナ―
自制の箍が外れていく
そのままに
強く強くビビの体を抱きしめる。
月を背にしなるビビの体。
長い髪が大きく揺れて―
光が、散った―
天には明月、地には水音。
どれ位の時が流れたろう。
コーザの腕の中でビビが、もぞもぞ身じろぎする。
それに気づいたコーザが顔をあげると、ビビは少し困ったような顔をしている。
思わず苦笑するコーザ。
「すまん、苦しかったか?」
「・・・ちよっとね・・・でも、ホントは気持ちよかった・・かしら?」
小首を傾げ、笑いながらビビは膝を折り、ぺたりと水底に座り込む。
ゆったりとした波紋が二人を包み込む。
今度はビビの方がコーザを見上げ、じっとその顔を見つめている。
「?」
怪訝そうなコーザをよそに、にっこり笑うとビビは両の腕を彼のびしょ濡れの頭へと伸ばす。
細い指がそっとコーザの髪に触れ―
次の瞬間、コーザの頭はくしゃくしゃに掻きまわされる。
驚きのあまり後づさるコーザ。
纏められていた髪はすっかり崩され、ばさばさに落ちてしまっている。
その様を見、ふふ、と懐かしげにビビは目を細める。
「ほら、こうすると昔みたい・・・・」
そう言って、行き場を無くした両手をコーザの頬にあてる。
「・・・・ビビ・・・・」
「何も変わってなんかない・・・・懐かしい・・懐かし、くて・・・」
語尾が震える。
「・・・私、帰りたかった。ずっとずっと帰りたかった」
光を湛える大きな目。その瞳の縁が揺れている。
「そんなこと考えちゃいけない、忘れよう、っていつでも思って・・・・」
それを隠すかのようにビビは俯く。
下を向いたまま大きくかぶりを振る。
「それでも、でも、本当は・・・・・いつでも帰りたくて・・・」
何度も、何度も。
水の色と同じ濡れ髪が大きく揺れる。
そして
「幸せだったあの頃に・・・・」
ゆっくりと顔をあげるビビ。
「貴方の元に・・・」
その頬は、涙に濡れていた。
ビビはコーザの頬から手を離し、ゆっくりと広い背中へと回す。
軽く額をコーザの胸にあてると、聞こえてくるのは生命の時を刻む確かな鼓動。
それと
濡れた体の発する水の香りと、いまだ消えない血の匂い。
戦いで負った傷はもう癒えている筈なのに。
目の前で血に染まって倒れていったコーザ。
血塗れの姿で運ばれていったコーザ。
自分の中の記憶が、生々しい血の匂いを呼び覚ますのだろうか。
「もう何処にも行きたくない、コーザ、コーザっ、
だから貴方も何処にも行かないで、もうあんな思いは、沢山っ...」
多くを失い、何度となく絶望を味わった少女の悲痛な叫び、哀しい願い。
それに応える術をコーザは持たない。
ビビの傍に在り続けること以外には。
頼りなげに震えるその細い躰を、ただ包んでやる以外には。
―変わったと、そう思ってた―
再会した時のその強い眼差しに。
懐古に彩られたその瞳に。
けれども、今腕の中で泣きじゃくっているこの少女は―
コーザはビビの背から腕を外し、小刻みに震え続ける両肩に手を置くと、そっとその身を自分から離す。
自分を見つめる大きな瞳からは止めどなく涙が溢れ、月光を弾きながら水面に消えていく。
―変わっちゃいない、何も―
幼い頃にいつまでも泣いていたあの子と。
何をおいてでも守るべきだと、訳も分からないままにそう思った子供の頃と。
そして、その思いは今もって全く変わることはない。
「もう、泣くな―」
そう口に出したのか自覚もない、それでも構わずにコーザは涙零れる瞳の縁に口づける。
コーザの唇がビビの涙で濡れる。
ゆっくりと伏せられるビビの瞼。一層多くの涙が溢れ出す。
コーザはその一滴も残さないようにと唇で受け止めた。
流れる涙。
月に照らされて輝く光の水。
心に潜む暗いわだかまりを溶かしていく清らなる水。
コーザの唇が離れると、ようやくビビの顔に笑顔が戻る。
子供の頃と寸分違わぬ笑顔。
もう二度と離したくはない、もう離すことができないであろうその笑顔。
三日月のようなカーブを描く優しいその唇にコーザは自らの唇を重ねる。
ビビの唇は微かに涙の味がした。
コーザはそれすらも逃すことはなく、唇で、舌で拭っていく。
その舌先がビビのそれと触れ合った瞬間から。
口づけは深さと熱を増していく。
おずおずと伸ばされたビビの舌をコーザは幾分乱暴に絡めとる。
追いつ追われつするように触れ合う二人の舌先。
長い、長い口づけ。切なげな、苦しげな吐息がビビの唇から漏れる。
ようやく二つの唇が離れる。
僅かに顔を上気させ、呼吸を乱したビビはそれでも微笑んでいた。
くすぐったそうな、照れたような、柔らかな。
コーザはその笑みを優しく胸の中におさめる。
そうして抱きしめたまま密やかに尋ねる。
「このまま抱いて・・・・いいか?」
すっかりコーザに包まれたままで、顔を伏せたままでビビは小さく、小さく頷いた。
水が流れる。
流れていく音が聞こえる。時に規則的に、時に不規則に。
今、聞こえる音はそれだけだ。
コーザは片手でビビを抱いたまま、ビビの髪を束ねるリボンに手をかける。
さしたる抵抗もなくとかれたリボンはコーザの手を離れ、暫しの間水面にたゆたい、消えた。
水のように、ふわりと流れる長い髪。
柔らかくビビの細い躰を覆っていく。
コーザは軽々とビビの躰を持ち上げ、自分の腿の上に乗せる。
水色の髪の上から、唇をおとしていく。
柔らかな耳朶へ。
「・・んっ..」
頤の下へ舌を這わせると、ビビは軽く声をあげ、身を引く。
それでもコーザの腕に支えられたビビの躰はさして逃げることもできず。
コーザの舌は、躊躇うことなく下りていく。
コーザはビビの腕を取ると自らの肩にかけさせ、あいた両手でビビの上着のボタンを外していく。
徐々に顕わになっていくビビの躰。
長い髪が申し訳程度に所々を隠している。
コーザはその髪をビビの肩の後ろへと流す。
肩口には銃創がいまだくっきりと爪痕を残している。
初めて肌を合わせたときにビビは言った。仲間を守ってできた自分の誇りだと。
思えばその後からかも知れない。他愛もない不安にかられ出したのは。
―馬鹿な話だ―
今はそう思う。思わず苦笑いしたその顔を見られないように、コーザはビビの胸元に顔を寄せる。
豊かで柔らかな胸を持ち上げ、先端に軽く唇をつける。
びくり
肩にかけられたビビの指に力が入る。
コーザの大きな手がゆっくりとビビの胸を揉みしだく。
それと共に固さを増した先端に歯をあてる。
「・・んっ...ふぅ...」
コーザの動きの僅かな変化にも、ビビの躰は敏感に反応する。
肌に刺さる爪の痛み。コーザにはそれすらも甘く感じられた。
舌で胸を愛撫したまま、コーザはビビの下半身へ手を伸ばす。
途端に、弾かれたように身を起こすビビ。
僅かに濡れたその瞳は恥ずかしそうに、そして何か言いたげにコーザを見つめている。
「・・・どうした?」
コーザは顔をあげ、ビビを見上げる。
「・・・・・・コーザも...脱いで..私も脱ぐから...」
そう言うとビビはコーザから離れ、躰に張りついた衣服を取りさる。
流れ落ちる水滴と水色の髪だけを纏った姿のビビの腕を、水の中に座るコーザが引き寄せ、再び自らの腿の上に乗せる。
がっしりとした肉体が、華奢な躰を飲み込もうとするかのように、きつく抱きしめる。
町を造る内に鍛え上げられていった身体。
民を守るためについていった傷。
ビビはその全てを愛しく思った。
探り合うように互いを撫で、擦り、口づける。
動く度に揺れる水面と湧き立つ水音、そこに違いの息遣いが混ざりあっていく。
「あぁぁっ...」
突然の冷たい感覚にビビは驚きとも悦びともとれる声をあげる。
水の中からコーザに指を突き入れられたのだ。
水中で揺らめくコーザの手。
俯くと、その手が自分の中に入り込んでいる様がはっきりと見える。
思わずビビは目を背けるが、一度目にした光景はコーザの指の動きとあいまって否応にも興奮を高めていく。
「・・いいか・・・?」
低く問いかけるコーザの首をビビは抱く。
コーザはビビを一度引上げると、水の中でも熱く滾る自身の上に下ろしていく。
「・・んっ...あ..あぁぁぁぁっ」
男を迎え入れることにまだ慣れぬ青い秘肉。
そこに冷たい水を押しのけながら、逞しい男性自身が侵入してくる。
コーザの全てを包み込むと、ビビは眉根を寄せ、絶え絶えの息をついた。
「まだ...辛いか?」
心配そうに尋ねるコーザに、ビビは驚くほど艶やかな笑みを見せる。
「・・・大丈夫...続けて..」
その笑みに誘われるように、コーザはゆっくりと腰を送り始めた。
辺りに響くのは水浴びでもしているような水音。
そしてそれを凌駕する熱い吐息。
全身びしょ濡れになりながら、水の中で繋がる二人。
いまや、互いの耳には水音など届かず。
コーザはビビの嬌声を、ビビはコーザの熱い息遣いだけをただ感じていた。
その時
「あぁっ...や..な、にこれっ...」
一際高い声と共にビビの躰が内から、外から大きく震える。
自身に伝わってくるビビの体内の痙攣。
コーザはビビが絶頂を迎えようとしていることを悟った。
コーザが一層激しく腰を送ると、混乱したようにビビは何度もかぶりを振る。
「やぁっ..怖いっ、コーザ、コーザっ..あぁぁっ..」
快楽と未知の感覚への恐怖の狭間で、もがき、涙するビビ。
自らもこみ上げてくる絶頂感と戦いながら、コーザはビビの背と腰を抱く。
「っつ...大丈夫だ..俺がいる...」
耳元で囁くと、コーザは腰に回した腕を思い切り引き寄せる。
きつく締めつけてくるビビの中、その最奥にコーザは自身を埋め込む。
「大丈夫だから...ビビ、イけよ...」
ビビを責める動きは苛烈といってもよいものだったが、低く響くその声は甘く優しい。
その声にビビの躰は大きく反応する。
「んっ...あぁぁっ!? コーザっ、あぁぁぁぁっっっ....」
大きく背を引き攣らせた途端、崩れ落ちるビビの躰。
力を失った躰を抱きしめ、もう一度深く突き入れると、コーザの顔は、耐えがたい快楽に歪む。荒く大きく息を吐き出し、己を引き抜くとそこでコーザも限界を迎えた。
そして、再び世界は水音だけに包まれる―
澄んだ水の中、コーザは気を失ったままのビビを胸に抱いていた。
目を閉じていると、水に溶けて消えてしまいそうな儚さを感じさせる姿態。
ふと浮かんだそんな感覚をコーザは振り払う。
―もう大丈夫だ―
静かに月を抱く水面をコーザは見つめる。
―例え離れることがあったとしても―
コーザは流れ落ちる水の行き先を目で追う。
豊かに溢れた水は、樋を経て地を潤す。
今年は開かなかった花達も来年には艶やかに咲き誇るだろう。
全ての水は地へと戻る。
例え一時地表から離れることがあったとしても。
だから俺達も大丈夫だ。
お前は必ず戻ってくる。
須らく水が地へと還るように。
終
eau bénite=聖水