+裏書庫+


  鼓動と雨音 Date: 2004-02-02 (Mon) 
*"疵と癒"続き*




夜の雨が戦いに疲れた世界を包む。
その雨音を子守唄に、全ての民が眠りについてしまったかのように思えた。ただ二人を除いては。
静まりかえった廊下に水の跡が続く。それはある一室まで続いていた。

「早く脱いで。風邪ひいちゃう」
コーザの上着を剥ぎ取り、ビビは手早く包帯を代える。
記憶にある姿よりもがっしりと男らしさを増した上半身。胸に巻かれた包帯は闇の中で痛々しいほどに白い。
顕わになった肌についた細かな傷は数え切れないほどで、それを目にしたビビは俯くと辛そうに瞳を閉じる。
傷ついて傷ついて、こんなにも傷つきながら戦って、そしてその結末にまた傷ついて・・・・

「痛くない?」
背で包帯をとめ、ビビは尋ねる。
「・・・あぁ、ありがとう・・・もう大丈夫だ。ビビ、お前も戻って休むといい」
振り返ることなくコーザは礼を言い、真暗な窓に目をやった。
ビビからの返答は無く、立ち去ろうとする気配もしない。
「ビビ?」
いぶかしむコーザの背後で、水の跳ねる音がした。
「ビ・・・・」
コーザが振り向くその前に、背後から伸びた腕が優しくその身体を抱きしめる。
「・・・・や」
押し当てられる柔らかな身体。
背の包帯がビビの身体から水を吸い、冷たさを伝えてくる。
しかし、それはほんの束の間のことだった。じわりと広がっていく温かさはビビ自身の体温だ。そのことに気づき、コーザは見張った目を足元に向ける。床に落ちたビビの服。しみ出た水が作ったたまりの中にビビはいる。
そのほっそりとした脚を目にし、コーザは息を飲む。
「なっ!?」
「いやっ、戻らない」
そう言ってビビはコーザを抱く手に力を込める。
胸に広がっていく温もり。それはコーザが今何よりも欲しているものだった。
考えなくてはならないこれまでの事。考えなくてはならないこれからの事。
それら全てを忘れてしまえる温もりがそこにある。柔らかで温かなその中に、自分の持つ闇の何もかもを委ねてしまいたかった。

涙も後悔も絶望も。

胸に回されたビビの両手。焦がれ続けたものが今そこにある。
コーザの手がゆっくりとそこへ向かい、動く。大きな手のひらがビビの手を包もうとしたその時、コーザの手が止まった。
躊躇いに震える指先。それをコーザは強く握りしめる。
拳はビビに触れることなく、落ちた。

「・・・・だめだ。戻れ、ビビ」
コーザはきつく目を瞑り、両の拳をつよく握り締める。
コーザは恐れた。未だ胸の中で混沌の渦を巻く負の思い。それをビビに叩きつけてしまうことを。そんな自分の弱さを。
「これ以上傍にいたら俺はお前を滅茶苦茶にしてしまう」

それでもビビは手を離さなかった。コーザの背に額をつけると小さく首を振る。
僅かな沈黙の隙間を雨音が埋める。

「・・・・それでも、いいの」
コーザが振り向く。その時から、雨音が消えた。
ほの白く浮かぶ裸身。それは暗闇に浮かぶただ一筋の光。今ここで抱いてしえば、諸共に闇へと引き摺り下ろすこととなるのかも知れない。
けれど、見てしまった。
細い腕を掴み強く引き寄せれば、よろけるようにビビは胸の中におさまる。濡れた髪が宙に踊り、床に雫を落とした。
そして、触れてしまった。
どうしてこれを手放すことができる?
コーザはビビをベッドへと沈めた。広がる髪がまるで流れる水のようで。何よりも求めた水のようで。
「コーザ、貴方熱い」
自分を組み敷く男の体は熱を持っていた。
「もしかして熱が---」
「・・・いい・・・構うな」

額に伸びるビビの手首をコーザは掴み、ベッドへと押し付ける。そしてまだ何か言いたげな唇を塞いだ。
「・・・・んっ!」
唇が触れた途端、待ちきれないようにコーザの舌がビビの口中に侵入する。性急でそして熱い口づけにビビは小さく喉を鳴らす。
こんなキスは知らない。ビビは思った。喰われていくような感覚。どろどろに溶かされて飲みこまれてしまう。そんな恐れと、そして相反する悦びをビビは感じた。
こんなにも激しく求められることへの悦び。 コーザは僅かに顔を浮かせる。切なげな瞳でビビを見つめ、そしてその首筋に唇をつける。
「あぁっ・・・熱っ!」
先程までの冷えた身体が嘘のように今のコーザは熱い。
押し当てられた唇が、舌が喉を焼いていく。反射的に浮かせた手首はコーザに固められたままびくともしない。
小さな悲鳴にコーザはちらとビビを見やる。
熱い視線。
それは幼馴染の瞳ではなく、頼れるリーダーの瞳でもなく、ただ一人の男の瞳。女を欲する男の瞳だった。
その瞳を見た瞬間、ゾクリと身体の内側が粟立った気がした。身体の奥深くが落ちつかない。これまで感じたことのない感覚にビビは途惑い、視線を外す。
「きゃっ・・・あぁぁ」
束の間、壁の付近をさまよっていた視線は突然天井へと戻される。
その瞬間、ビビの瞳には何も映ってはいなかったが。
乳房に触れる手のひら、その先端に口づける唇、その両方が熱かった。
「ん・・んぅ・・・」
ビビは唇を噛み締めるが、喉は勝手に音を作り続ける。
コーザはビビの秘所に手を伸ばす。淡い茂みを撫でられたた瞬間、ビビの脚に力が入る。反射的に閉じようとする脚の合間にコーザは拳を挟む。
拳から伸びた指が閉じた秘唇の中に潜り込む。

くちゅ。
微かなその音を確かにビビは聞いた。
それはこれまで聞いたどんな音よりも淫らだった。
恥ずかしさの余りビビはコーザの顔を見ることができない。 涙が勝手に溢れてくる。

コーザはビビから身体を離し、起きあがる。片手でズボンを弛めながら、もう一方の手でビビの腰を引き寄せる。
ついさっき指でなぞられた場所に今度は硬く張り詰めたものがあてがわれる。それがコーザ自身だと分かったその時には、コーザはビビの中に入ろうとしていた。

「やっ、いたっ・・・っ!!」
身体の内側からピシリと音が聞こえたような気がした。引き裂かれる痛みと恐怖にビビは思わず悲鳴をあげた。
「ビビ・・・・お前」
その瞬間、コーザの瞳からあの狂気のような靄が消えた。

俺は、何を?

組み敷いた華奢な身体が震えている。瞳に涙を浮かべて。その姿は清らかな生贄のようだった。

「ど・・・・・・うした、の?」
それ以上何もしようとはしないコーザを見上げ、ビビは震える瞳のまま心配そうに問いかける。
「私じゃ、ダメ?」
「馬鹿言うな」
おずおずと問うビビ、コーザは苦笑を浮かべ下半身の力を抜く。腿に押し当てられた硬い感触にビビは頬を赤らめた。
「俺が、ダメだ」
そう言うとコーザは脱力したようにビビの隣に寝転がり、ビビに触れた両の手を目の前にかざした。
「俺も大概進歩がないな」
コーザは深い溜息をついた。
「欲しいものをただ欲しいままに奪おうとした。また、な」
自嘲にも似たその呟きにビビは血の気が引く思いをした。雨の中絶望に打ちひしがれていたコーザの姿が蘇る。
堕ちていってしまうのだろうか。あの暗い淵の中へ。一人で、また。
「違っ--」
ビビは片肘をつき、ガバリと身を起こす。 誘ったのは自分なのだ。ビビは思う。怖かった。あの時、背を向けたままコーザがどこかへ行ってしまうような気がした。だから誘った。彼を繋ぎ止める為に。
見下ろすコーザの瞳は閉じられてしまい、その思いを伺うことができない。
目を閉じたままコーザはゆっくりと口を開く。
「伝えなければならないことを・・・俺はまだお前に何も言ってない」
そこでコーザは目を開け、心配そうなビビの瞳を見つめる。
「それに俺にはまだその言葉を口にする資格がない」
「・・・・コーザ」
ビビの頬に張り付いた髪をすくい、コーザはその頬に触れる。
「いつか・・・・必ず伝えに来る。だから・・・」
真直ぐにビビを見上げる、翳りの消えたそれは未来を見つめ始めた瞳だった。
「んっ・・・うん、うん」
ビビの瞳に涙が浮かぶ。
言葉にならない思いを伝えようとビビは何度も頷いた。

そうして、二人の間に雨音が戻った。

「今度は部屋に戻るな?」
コーザの問いかけにビビは涙を拭いて笑う。
「戻るわ」
口ではそう言いながら、ビビは裸の胸にコーザの頭を抱きしめる。
「おい、ビビ!?」
「ちゃんと戻るから」
慌てて見上げたビビの表情は、どこまでも優しい。ビビは囁くように続けた。
「もう少しだけ・・・・せめて貴方が眠るまで」

慈愛に満ちた微笑。
コーザは出きるだけ長くその顔を見ていたかった。
その願いとは裏腹に、瞼は重さを増していく。
柔らかで温かなその先に聞こえてくる鼓動。こんなにも安いだ気持ちは何年振りか、その年数を数えることも今のコーザにはできなかった。

外では雨垂れが規則正しいリズムを刻んでいる。

タン・・・タン・・・タン・・・

優しい音。
それよりも心地よい鼓動に包まれてコーザは瞳を閉じた。




Thanx for 12222request

[前頁]  [目次]  [次頁]


- Press HTML -