+裏書庫+


  視覚効果(上) Date: 2004-06-06 (Sun) 
アルバーナの宮殿の最奥に二つ目の書庫があることはあまり知られていない。
一般には公開されていない書物や資料―主として王室関係のものだが―がそこには保存されている。
あまり日もささぬそこは、広さは宮殿の食堂程なのだが、周囲にぐるりと作りつけられた棚や内部を幾重にも仕切る棚に余すところなく詰め込まれた本の所為で随分息苦しくも感じられる。

「よっ・・・と」
可愛らしい掛け声でビビは分厚い装丁の書を棚に戻す。
手にした本の所定の位置はビビの背よりも上にある。
伸びをしながら何とか本を納めると、ビビは天井までぎっしりと書物がつめ込まれた棚を見上げる。

少し埃っぽくて、湿っぽい。けれどビビはこの部屋が嫌いではなかった。
子供の頃、身を隠したいときにここを使っては、よく管理人に摘み出されたものだった。
当時からここの管理人は変わっていない。年をとることすら忘れてしまったようなその老爺は、書庫の外にある自分の机ですっかり居眠りをしている。
入室する際には彼の元で記帳をしなくてはならないのだが、その為に起こすのも忍びなく、ビビはこっそりと書庫に入っていたのだった。
―ま、これも平和な証拠ってことかしら?―
クスリと口元をゆるめ、さて出ようかと振り向いたその時だった。

躊躇いがちな音を立てて入口の扉が開く。
管理人が目を覚ましたのだとビビは思った。黙って入ったことを謝るべきか、と出ていこうとしてビビはその足を止めた。
入ってきたのは一人ではなかったからだ。

入口からは幾つかの棚を挟んだところにビビはいたが、本と棚の隙間から向こうの様子は覗える。
こんなところに物盗りとは考え難かったが、所蔵されている書物の中にはそれなりの価値があるものも少なくはない。

息を殺して見つめていると、やがて書庫の扉が先程と同じようにゆっくりと閉じられた。
人の気配がほんの少し近づく。
僅かに日の当たる場に現れたのは一組の男女だった。

ビビは首を傾げる。
男の方は王国軍の訓練兵だ。ビビに背を向けているので顔は分からないが身につけている服で分かる。
女の方は、こちらは見覚えがあった。確かテラコッタの元にいる若い侍女だった。

―それが何でこんなところに?―

首を傾げるビビの耳にひそひそと話す声が聞こえてくる。

「・・・いいの? こんなところに勝手に入って」
心配そうな女の声に、若い兵士が笑い含みの口調で応える。
「大丈夫だって。あの爺さん一旦寝たらしばらくは目ぇ覚まさねぇし」
それに、と言いながら兵士は侍女を抱きすくめる。侍女が漏らした小さな悲鳴は、すぐに兵士の胸に吸い込まれた。
「こうでもしなきゃ顔見ることすらできねぇだろう?」

抱き合う二人を前に、ビビは得心する。
正規の軍に入る前の段階では、訓練兵は殆ど兵舎に詰っきりで、ましてや共同生活である。そこに恋人を呼ぶことなどできないだろう。
侍女はと言えば、兵士ほど規律は厳しくないものの、やはり部屋に恋人を連れ込む訳にはいかない。

だから、こうして互いの合間を見てほんの僅かな逢瀬の時を得ているのだろう。

ビビはふ、と微笑むと自分の恋人に思いを馳せる。
自分とコーザも似たようなものだった。
王宮内に一室を与えられているコーザであったが、その中ではビビに手は出さない、と口づけすらしてくれない。
甘い時間を過ごすのは専ら王宮の外で、だが実際、そんな時間は互いになかなかとれないのであった。
妙なところで律儀な恋人を思い、ビビはクスリと笑った。



甘い口づけを交わす恋人達。
このまま見なかったことに。
ビビは二人に背を向け、そっと身を屈める。

だが、ビビが異変に気づくのにそう時間はかからなかった。


「んっ・・・・」
するするという衣擦れの音の後、鼻にかかった声が静かな室内に響く。
「声、出すなよ」
「っ、だって・・・・あぁ・・・」
弱々しい抗議の声は、すぐさま喘ぎ声にへと変わる。

―これって・・・―
ビビは目だけを大きく見開く。どうしよう、そればかりで思考は悪戯に空転した。
一人うろたえるビビをよそに、恋人達の行為はますます熱を帯びていく。

ピリ、と裂けるような音が聞こえた。
「あ・・ダメ・・・乱暴にしちゃぁ」
嗜める声に、男は低く笑う。
「そんなこと言っても、お前だってして欲しくて溜まんねぇんだろ?」
「・・・そんな・・・」
辱めるような男の声音に反応したのは相手の女だけではなかった。

ドクリ、と脈打ったのは心臓だけではなかった。
確かに鼓動はいつもとは比べものにならない位に早まり、頬も火照っているのが分かる。
それでも、どこよりも強く反応を示したのは下腹部の奥深いところだった。

思わずビビは、自らの下腹部に目をやる。
疼くような痺れが熱を伴い、じわじわとせり上がってくるような感覚を覚えた。

ビビは憑かれたように身を乗り出す。
はしたない、と自らを嗜める思いはある。それでも動き出した身体は止めようがなかった。
ビビは音をたてぬようゆっくりと立ち上がる。
先程と同じ位置。棚と本の隙間から、胸元を大きくはだけた女の姿が見えた。

飾り気のない侍女の服がこんなにもいやらしく見えるとは思ってもみなかった。
その胸元に男の顔が近づく。
唇が胸の先端に触れた瞬間、ビクリと女が身を反らす。
その所為で、ビビからは男の口の動きが逐一見えることとなった。

ちゅくちゅく、と吸い上げられる度に、女は切なげに左右に首を振る。
吸い上げる口の動きが止まったかと思うと、男は先端を挟み込んだ唇をきり、と引き結んだ。
「あっ、う・・・・」
苦悶にも似た表情はすぐに恍惚のそれへと変わる。
「もう、ガチガチだぜ」
からかうように声をかけると、男は尖りきった先端を転がすように何度も舌を這わせる。

見ているだけで、ビビの元にも柔らかく湿った舌の感触が伝わってきそうだった。
そして、それがどれだけの快楽をもたらすのかも。

ゴクリと唾を飲む音がビビには妙に大きく感じられた。
からからに乾いしまった喉を、飲み込んだ唾液がぎこちなく通り過ぎていく。
無意識の内に喉元に伸びていたビビの手は、躊躇いがちに自らの乳房へと降りていく。

服の上からでもその先端が固く張りつめていることが分かる。
―・・・あ・・・・こんなに・・・―
興奮している、その自覚がますますビビを煽っていく。

自分もあんな顔を見せているのだろうか。
コーザの舌もあんなに風に自分の胸を――
あれほど淫らに動くのだろうか。

男の仕種を自分の恋人にだぶらせ、ビビは目を伏せる。
絶え間ない喘ぎは徐々に艶を増してくる。
きつく両の脚を閉じれば、その合わせ目から生じた甘い刺激が益々ビビの身体を切なくさせた。

「濡れてきたか?」
男は胸から耳元までを舐め上げると、女の首筋に顔を埋めながら囁く。
女が息を弾ませながら頷くと、男はおもむろに女のスカートの中に手をさし入れる。

スカートの上部が生き物のようにうねる。
やがて、女の足首に白の下着がが落ちた。
僅かな日の光に照らされた女の太腿は白く、たくし上げられたスカートの奥に見せる茂みの暗さとは対称的だった
その暗がりに男の指が伸びる。

くちゅ・・・・
そんなに大きな音ではない筈だった。けれど、ビビにはその水音が、まるで直接脳に叩き込まれたように感じられた。

息を飲んだのか、悲鳴を殺したのか。女の喉が微妙な音と共に反りかえる。
立っていられないのか、背にした棚に両手をついて、辛うじて身体を支えている。

そんな女に構うことなく、男の指は内部を蹂躙し続ける。
広げた手のひらの中指と人差指が女の体内に飲み込まれている。
指の動きは益々激しくなり、男が手を動かす度にグシュグシュと愛液が漏れ出る音がする。
突き刺すように何度も男は指を送り込む。僅かに見える指の根元では溢れた愛液が既に白濁したものに変わっていた。

女の身体を壊してしまうのではないか、と思うほどの激しい愛撫。
それを目の当たりにし、ビビの身体の内部ではトロリした液体が伝い落ちていった。

「もう、いいな」
頃合とばかり、男は指を引き抜く。名残惜しそうな溜息を漏らす女の肩を掴み、男は後ろを向かせる。
気ぜわしげな音を立てて取り出した男性自身は既に隆々と天を向いており、それを見たビビは流石に恥ずかしさで俯いた。

ドロドロに溶けたとば口に男の先端があてがわれる。
ずぶり、と頭の部分が飲み込まれると、女は一度背を反らし、それから脱力したように身体を折り曲げる。
辛うじて棚にすがりついた女の腰に、たくし上げたスカートを乗せると男は改めて挿入を開始する。

ゆっくりと飲みこまれていく男根。
それを目の当たりにしても、あんなに太く長いものが易々と入っていくのがビビには信じ難かった。
ビビは己の下腹部に手をあてる。
ここにあんな風にコーザが。

身体を合わせたことはこれまで何度かあるが、繋がっている様子をじっくり見た事などなかった。
恥ずかしくて見ることなどできない上に、まだビビには行為の最中そんな事をする余裕はなかった。
自分もまた、こんなにいやらしい事をしているのだという実感は、恥ずかしさと、そしてそれとはまた異なる感情をビビに植えつけた。

挿し入れ、引き抜く。
そんな単純な行為に没頭する二人。
熱い息使いと、肉のぶつかる音が書庫の中を淫らに降り積もっていく。
「んっ!・・・・・ん、んんんんんーーーっ!!」
必死で声を噛み殺しているのだろう。それでも耐えきれず上がるくもぐった声が女の感じている快感の凄まじさを物語っていた。

―あんな格好で―
それはビビが経験した事のない体位だった。コーザはいつも自分の顔を見て抱いてくれる。
あんな風に獣のように乱暴な事はしない。

けれど、
ビビの身体は間違いなく発情していた。
ずぶりと男根が挿し込まれるのを見る度に、自分の身体は勝手に反応を示す。
秘口がきゅうと締まり、そして弛まる。
そして、弛まる度に多く吐き出される液体は既に十分にビビの下着を湿らせていた。



じきに腰を送る男の動きが忙しくなる。
「・・・っ、あっ、は・・・はっ、はぁ・・・・」
吐く息も不規則に、男は抉るように腰を打ちつけていく。
「・・・あぁっ!!」
やがて男は首を反らせると、うわ言のように口を動かす。
「も、う・・・・・出る!」
限界が近い事を知らせ、男は女の中から自らの男根を引き出す。

―!?―
予想しなかった事態にビビは目を剥いた。

女はくるりと男の方を向くと、膝立ちになって自身の愛液にまみれた男根を口に含んだのだった。
女は口の中一杯に男根を飲みこむと、顔を前後に揺らし始める。
溜まっていく唾液が男根で攪拌されグチュグチュと音をたてる。それは先程身体同士で繋がっていた時よりも尚一層、卑猥な音となった。

口で。
知識としては知っていたが、見たこともましてやしたこともなかった。

女は厭う様子もなく、むしろ喜悦の表情を浮かべている。
そして、男の方も。快楽が過ぎるのか、時折苦しげに歪めるその表情にビビはゾクリと全身を粟立てた。

コーザにこんな表情をさせてみたい。
それは、今までのようなもやもやとした思いではなく、はっきりと形を持った欲望だった。

不意に男は両手で女の頭を掴む。
「ん・・・・く」
動きを封じられた女の口に、男は強く腰を打ちつける。
濡れ光る男根は、まるで別の生き物のように女の口を広げ、犯していく。
それも最早長くは続かなかったが。
男は封でもするかのように、女を強く引き寄せる。その直後、
「あっ・・くっ!」
低い呻きと共に男の腰が震えた。

ゆっくりと女の口内から男根が引き抜かれていく。
粘る糸が、男の先端と女の口を細く繋いだ。

完全に身体が離れてしまうと、女は上向き加減で喉を晒す。
ゴクリと音をたて、その喉がゆっくりと動いた。


男の放った精を全て胃の腑におさめると、女は満足げに笑う。
男もまた微笑むと、女の身体を抱き寄せる。
直前の濃厚な睦み合いが嘘のような穏かな表情だった。

互いに身支度を整えると、男女は来た時と同じようにそっと書庫を後にする。
室内は再び静けさを取り戻す。
こもる熱気とビビの記憶だけが情事の名残となった。


ビビは腰が砕けたようにその場にへたり込む。
いまだ身体の中に淫らな熱を抱えたまま。
自分の中が引き攣るように何度も締まり、何もない空間を空しく噛み締めているのが分かった。

―満たして欲しい―


ビビは思わず両手で顔を覆う。
浅ましい欲望だと理解はしていても、身体は疼き続ける。

何度となく頭を振っても、垣間見た光景は生々しく蘇ってくる。


あんな風に強く。
乱暴な程に求められてみたい。

獣のように。

ただ、快楽だけを求めて。



あんな風に。
あんな風に。






真夜中をとうに過ぎた頃、コーザは足早に王宮の廊下を歩いていた。
激務を終え、自室へと向かうコーザは、深刻な表情で日中の出来事を思い返していた。

――――――――――――――――――――――――――――


ビビとは今日も幾度か王宮内ですれ違った。会議の為に一つ部屋に同席もした。
しかし、その都度見せるビビの態度はおよそいつものものとは異なっていた。
常に絶やさぬ明るい笑顔は消えうせ、物憂げな様子で溜息をつく。不審に思い目をやれば、慌てて顔を反らす。

「どうしたんだ? お前」
一足先に会議室から出ていたコーザは、遅れて出てきたビビの手首を掴み、人目につかぬ廊下の陰に引き込んでそう尋ねた。
俯いたまま、きまり悪そうに黙り込むビビを見下ろし、コーザは首を傾げると何気なく手を伸ばした。
「具合でも悪いのか?」
大きな手のひらがビビの額にあてがわれる。
「キャアァァッ!?」
突然のビビの悲鳴に、驚いたコーザはビビから手を離す。
ビビもまた反射的にあげた悲鳴に途惑っていた。ただ熱を見ただけ、そう自分に言い聞かせても一瞬で火照った身体からは熱が引かず、胸もまた早鐘を撞くように高鳴り続ける。

「・・・ビビ?」
心配げに低く呼ばれる声をも妙に意識してしまう。
ビビは両手で顔を覆う。
「・・・・今夜、部屋に行ってもいい?」
声は震え、ともすれば消え入りそうだった。けれど言い直す事などとてもできない。
「あぁ・・・構わない」
コーザの返答を聞くと、ビビはすぐに身を翻し、その場を去っていった。

――――――――――――――――――――――――――――


コーザは薄暗い廊下を進む歩調をさらに速める。
何を打ち明けるでもなく逃げるように立ち去ったビビ。
その思いつめたような様子がコーザにはずっと気にかかっていた。あの場では話せない程の悩みがあるのか、と。
確かに国内にはまだ問題が山積している。それでも先の見通しは明るい筈だった。
その為、あれほどにビビを打ちのめす悩みが何か、コーザには見当がつかなかった。

―今夜はもっと早く戻りたかったのに―

歩調をゆるめぬまま、コーザは忌々しげに顔を顰める。
最後の会議が思いの他長引いてしまったのだった。各地に配する人員と金の割合についての喧喧諤諤の交渉がついさっき終わったところだった。
一人部屋で待っているであろうビビの心情を思うと、コーザの胸は痛む。
やけに遠く感じられた道のりを経て、コーザは自室の扉に手をかけた。

「ビビ、済まない。遅くなった!」
勢い込んで中に入ったものの返ってくる言葉はなかった。
―?―
静まり返った室内を見回すコーザの視線が、隅に置かれたベッドの上で止まる。
ベッドの上に広がる水色の髪。
ビビはそこにいた。

うつ伏せの格好で、まるで身を投げ出すように眠っている。
―待ちくたびれたんだな―
微笑を浮かべながら近づくコーザだったが、ビビのすぐ傍まで来ると、ふいに眉を顰めた。

―酒臭い―
ビビに近づくにつれ、酒の匂いが濃くなっていく。
不吉な予感を抱えたまま、コーザはビビの頭の傍に腰をおろす。

―やっぱり―
だらりと床に投げ出されたビビの手の中にはワインのボトルが握り締められている。
コーザはガクリと肩を落とし、暫くしてから気を取り直したようにビビを起しにかかる。

「ビビ。おい、ビビ! 大丈夫か? ちょっとひとまず起きろ」
うん、と可愛らしい声で返事をし、それから一呼吸おいてビビはゆっくりと顔をあげる。
酔っているのか寝ぼけているのか、焦点の合わない瞳でコーザを見上げた。
「あれぇ? コーザったらどおしたのぉ?」
呂律も怪しい口調であっけらかんと尋ねてくるビビに、コーザは脱力する。
「用事があったのはお前の方だろう?」
コーザの言葉に、ビビは小首を傾げ、考え込むような仕種を見せる。
それからようやく何かに思い当たったようにあぁ、と頷くと、うつ伏せのままの身体を起こそうとした。
危なっかしく右へ左へと揺れながらビビは起きあがる。
手にしたボトルを取り落とさなかったのは奇跡と言ってもよかった。
ようやくコーザの前でペタリと座り込むと、ビビはあどけない瞳でじっとコーザを見つめる。

昼間とはうって変わったビビの様子に、コーザは気の抜ける思いだった。
ふう、と息を一つ吐き出して、コーザはビビの手元のボトルに目をやる。
中身は殆ど無くなってしまったようだ。底に僅かに残った液体は、ビビの動きに合わせてゆらゆらと左右に振れる。
ぼんやりとそのラベルを見たコーザの目が大きく見開かれた。

「お、お、おっ・・・お前それっ!!?」
そこまで言ってコーザは絶句する。ラベルをさす指先が震えた。

ラベルにネフェルタリ家の紋が入ったそのワインは、南部の一地方が完全に復興した折りに、コブラ王から下賜されたものだった。
まだまだ遠い未来、今の仕事に区切りがついた暁には、ビビと二人で開けようと密かに計画していたのだった。

「なぁに?」
落胆するコーザを横に、ビビはにっこりと微笑んだかと思うと次の瞬間ボトルに口をつけ、思い切りよく傾けた。
「げっ!?」
コーザは咄嗟にビビの手からボトルを奪ったものの、時既に遅しでもはやその中身は完全に空となっていた。
「・・・・・俺のワイン――」
すっかり軽くなってしまったボトルを見つめてコーザは呆然と呟く。

「・・・何よぉ」
飛んできた不機嫌そうな声に、コーザは顔をあげる。
見れば、ふくれっ面のビビがその酔眼をじとりとコーザに向けている。

「そんなに・・・・お酒の方が、イイわけぇ?」
お前な、そう言いかけたコーザはビビの表情の変化を見てギョッとする。

「ビ・・・ビビ?」
さざなみのようにビビの大きな瞳が揺れ、みるみる内に涙が溜まっていく。
唇を噛み締め、うぅと低く唸りながら、ビビはポロポロと涙を零し始めた。

―こいつ・・・泣き上戸かよ―
唖然とするコーザの前で、やがてビビは堪えきれなくなったのか大きくしゃくり上げながら泣き出す。
顔をくしゃくしゃにしながら泣き続けるビビはまるで子供のようだった。
その姿に昔を思い出したコーザは、ふと頬をゆるめた。

柔らかな溜息を零し、コーザはビビに向け、両手を広げる。
震える身体を抱きしめ、コーザは子供をあやすように片手で恋人の頭を撫ぜ、もう一方の手で、時折引き攣るように動く背中をさする。
「・・・コ・・・ザ・・」
「ん?」
ひくひくと喉を鳴らしながら口を開いたビビに、コーザは優しく応じる。
それから二度三度背を震わせ、ビビは顔をあげた。
まだ涙で光る瞳でコーザを見つめる。

「コーザの・・・バカぁ!」
「・・・・は?」

ビビの思考の飛びようについて行けず、コーザはビビの身体から腕を離す。
「私が何でここに来たかって言うとぉ」
何はともあれ、今ならビビの真意が聞けそうな気がして、コーザは尋ねてみた。
「何でだ?」

それを聞いた途端、ビビはコーザを睨みつけると、両の拳で彼の胸板を叩く。
「バカ!」「鈍感!」等と喚きながらビビは両手をばたつかせる。
まるで混乱して暴れる猫のようだ。

―いや、猫じゃなくて大トラだな―
訳が分からぬままコーザはビビをなだめにかかる。
無理矢理にでも抱きしめて動きを封じてしまおうとしたその時だった。

「バカぁっ!!」
何度目かの「バカ」の後に振り上げたビビの拳が、コーザの顎にクリーンヒットした。

「ぐっ!」
喉の奥で悲鳴をあげ、コーザは顎を押さえながら後ろに倒れる。

「あははははははははーーーっ!! やぁねぇ、コーザったらぁ!!」
グラグラと揺れる意識の中で、コーザは妙に晴れやかな笑い声を耳にする。

―笑い上戸も追加―
半ばやけっぱちな気持ちになりながらコーザは目を閉じる。ズキズキと顎は痛んだ。
尚も笑い続けるビビ。その気配が不意に動いた。

腰の辺りに重みを感じ、コーザは目を開け、そのままその目を見開く。
コーザの腰を跨ぎ、膝立ちの格好で服を脱ぎだしたビビが、そこにいた。



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