■ ウェディングドレス Side-B <ゾロナミ>



人間のありとあらゆる業の詰まった島を、ゾロとナミは駆けていた。
部族間の対立、宗教戦争が混沌と混ざり合い、島中が火薬庫と化していた。世界政府より派遣された海軍を通し、幾度となく停戦協定が結ばれ、同じ数だけそれは破棄され続けた。
戦いの目的は年を経るごとに薄れ、ただ憎しみの感情だけを糧に、戦うための戦いが続いている。
その島に、世界を騒がす海賊が入り込んだことを知った政府が、海賊討伐を名目に、全てを掃討してしまえとの決定を下したのも無理からぬことだった。
そんな島で、仲間達は散り散りになってしまった。

「あいつ等は?」
絶え間なく続く砲撃音が僅かに遠ざかった。瓦礫の合間にナミを庇うようにして身を隠し、ゾロは尋ねた。
「分かんない」
そう言ってナミは子電伝虫を巻いた腕を耳に近づけた。やがてナミは耳から腕を離し、死んだように動かない子電伝虫を見て溜息をついた。
項垂れるオレンジの頭にゾロは手を置く。
「今のうちに行くぞ。少し休める場所を探す」

建物の残骸と、使い物にならなくなり打ち捨てられた武器の数々。そして、ただ木を組み立てただけの粗末な無数の墓。その中を、ゾロはナミの手を引き、歩いた。
気を張りつめたまま動き通しで、流石のゾロも疲労を隠し得ない。泣き言一つ口にしないがナミがゾロ以上に疲れていることは明白だった。
このままだと二人して行き倒れだ。
ゾロの表情に焦りの色が滲み出たその時、ナミが声を上げた。
「ゾロ、あそこ!」
ナミの指す先に、まだその形を保っている建物の姿があった。


「皮肉なもんね」
扉を閉めた早々に座り込んだナミは、建物の中を見回して薄く笑った。
「何だ?」
「ここ、教会よ。争いの原因の一つの建物だけがこうして残ってるなんてね」
「おかげで俺らは少しは休めるがな」
奥にあった戸棚をガタガタと漁っていたゾロが、幾つかの酒瓶と毛布を持ってナミに近づく。
「大分やられたな」
乱戦を抜ける際についた傷で、着ている服のあちこちに乾いた血がこびり付いている。
「脱げよ」
ゾロの言葉にナミは素直に応じ、上着を脱いだ。白い筈の肌は埃と血に塗れていた。
ゾロは傷の一つ一つを丁寧に検分し、持ち出した酒で洗い清める。ナミもまた、同じようにゾロの傷を拭った。
脱いだ服をそのままに一つの毛布を分け合い、残った一本を二人で回し飲む。微かな酩酊感と人肌の温もりに、精神のささくれをようやく薄くすることができた。
浅い眠りを幾度か繰り返し、先に目を覚ましたのはゾロの方だった。弾かれたように身を起こしたゾロを見て、ナミもまたその顔に一瞬にして緊張の色を浮かべる。
「また、始まりやがったな」
遠ざかっていった筈の爆音が、再び二人の方へと引き戻ってきた。耳を澄ませていたゾロはその顔を険しくする。
攻撃の音は一箇所からではない。偶然か必然か、二人を取り囲むように近づきつつある。
切り抜けられるか? たった二人で。
ナミの武器である天候棒は既に失われ、二人に残されたのは三振りの刀。
ゾロは立ち上がり、上着を着込むと、まだ開けていない戸棚を探った。だが、そこには武器になるようなものは残されていなかった。
代わりに。
純白のウエディングドレスが、まるで場違いな様子で綻び一つなく納まっていた。

「これまた皮肉ね」
戸棚を覗き込み、ナミは苦笑する。
「折角あるんだ。着てみろよ」
突然のゾロの言葉にナミは目を丸くする。
「ボロボロじゃねェか。そのシャツ」
「そりゃそうだけど―――」
手元の汚れたシャツとドレスを見比べ、ナミはひょいと肩を竦めた。

「鏡でもあればいいんだけど」
傷だらけの花嫁はそう言って照れた様に笑った。
ゾロもまた笑んで、ナミを引き寄せる。ゆっくりとだが確実に近づいてくる爆音をよそに、二つの唇が重なる。最初は穏やかに。何度となく離れては重なる口づけはやがて熱を帯び―――

ゾロの力に押され、ナミはよろけるようにして壁に背をつけた。言葉はなく、互いの荒い息遣いが今何を求めているのかを雄弁に語っていた。
絡めた舌を解き、ゾロはナミの耳朶を噛み、まるで余計な音を聞かせまいとするように、耳の中にまでも舌を這わせる。ぬるりとした感覚と、頭の中にダイレクトに流し込まれる水音に、ナミは背を粟立てながらゾロの下半身に手を伸ばした。
布越しにも熱が伝わりそうなほどに硬く天を仰ぐその塊は、すぐにナミの手で解放された。
捲り上げたドレスと、足元に落とされた下着。秘唇を解きほぐすゾロの手をナミが止めた。ゾロの手首を掴むと、ナミはその手を引き上げる。ナミの体内にあったゾロの指が引き抜かれ、ナミは甘い悲鳴を上げた。
じっとりと濡れた秘唇にナミは自ら指をあてがい、その唇をゾロの前に晒す。
ゾロが獣のような荒い息を一つ吐いた次の瞬間、ナミの濡れた唇は剛直によってきつく塞がれていた。
地鳴りとともに近づいてくる轟音。
ぱらりぱらりと天井から細かな塵が落ちてくるその中で、二人は立ったまま激しく交わり続ける。
脳裏をよぎる幕引きの予感を打ち消すかのように声をあげ、ただ互いの身体を求め合った。
「ね、折角だから宣誓する?」
快楽のままに甘い声で歌っていたナミが、不意にゾロを見つめ微笑む。
「何を、だ?」
一層深く突き入れた後、切なげに歪めた顔を一つ振ってゾロは問い返す。
「病める時も健やかなる時も、ってやつよ」
ナミはゾロの首にかけていた手を離し、無精髭の浮いた頬にあてがう。
「死が二人を分かつまで。共にあることを誓いますか?」
追い詰められた人間とは思えないほど落ち着いた穏やかな瞳を前に、ゾロはいつもの人の悪い笑みを浮かべる。
「誓うか、馬鹿」
目を見開き、何かを言いかけたナミの唇を塞いだ後、ゾロはその耳元に唇を寄せる。
「どうせてめェとは行き先は同じだ。訂正しろ。死が二人を分かつとも、だ」
「・・・・アンタにしちゃ気の利いた台詞ね」
笑顔で憎まれ口を叩く、その瞳から零れた涙がナミの頬を伝い落ちた。


互いの熱を内に秘めたまま、二人は扉の前に立っていた。
「ちょっと待て」
ナミの前でゾロは腰に下げた三刀の一つを引き抜く。
ゾロは柄を強く握り、暫し目を閉じる。やがて静かに目を開けると、その愛刀をナミに手渡す。
「使い慣れねェ獲物でもないよりゃいいだろ? そいつは素直ないい刀だ。持ってろ」
カチャリと刃鳴りの音と共に刀が受け渡される。ナミは手にした刀を一つ振る。
純白のドレスを鈍い銀の光が彩る。凛と立つその姿は、まるで戦いの女神のようだった。
ナミは手にした刀の先端を自らの腿の辺りに差し込む。ぷつ、と僅かな音を立ててドレスに裂け目が入る。ナミはその裂け目に手をかけると、その手を思い切り引いた。
豊かな長さを誇っていたドレスは一瞬のうちに、ナミが好んで着るような丈になった。
「これでいいわ」
二人並んで扉に手をかける。
「行くぞ!」
見つめあい、不敵に笑う。

二人の手が扉を押す。
差し込んできた光に一瞬目を眇め、二人はその光の先へと共に走り出した。


unhappy ver./ costume request ふふ様


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