時を経て再び訪れたその国は、戦禍の跡など何処にも見受けられないほどに力強く復興を果たしていた。
豊かな水量に恵まれた大河から走る水路は国中を潤し、街道は隅々まで整備が進んでいる。変わらないのは白く照りつける太陽と乾いた風。
「暑ィ・・・・」
椅子に腰を下ろして項垂れるゾロの額からポタリと汗が落ちた。
「そぉかぁ?」
呻くようなゾロの声とは対称的に返すルフィの声はのんびりと軽い。
垂れていた頭を心持ち持ち上げると、ゾロは恨みがましい目つきでルフィを睨んだ。
「そりゃ、てめェらはな」
視線の先にはいつものクルーの姿がある。頭から被るすっぽりとした衣装はこの国特有のものだ。形は簡素だが、細かな刺繍の入ったその衣装がひらひらと風に揺れている。
対するゾロはというと、これ以上はないといった位に上下をびしりと決めた黒のタキシード。暑いと零したくなるのも頷ける姿だった。
「ダメですよ。Mr.ブシドー?」
嬉しさを隠しきれないといった満面の笑顔でゾロを嗜めたのは、この国の王女だった。
「今日の主役がそんな顔しちゃ」
そうだ。全てはコイツの所為だ。
ビビのにこやかな笑みを前に、ゾロは再びガックリと項垂れた。
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『結婚するんなら、絶対、式を挙げるべきです!!!』
どういうルートを使って知り、どんなルートでもって先回りしたのか、宿で手渡された電伝虫から聞こえてきた懐かしくもやけにきっぱりとしたその言葉に、ゾロはゴツンと宿の柱に頭を打ち付けた。
『アラバスタに来てください!! 盛大な式をご用意しますから!!!』
頭を柱につけたままずるずると床にへたり込むゾロに構わず、電伝虫は力説を続ける。
『国も随分よくなったし。テラコッタさんも益々料理の腕をあげてますから、美味しいものいーーーっぱい用意して待ってますね!!』
「よし、じゃ、行くか。アラバスタ」
「待てコラァ!!」
極めて重大な決定を即断したルフィに、ゾロは飛び上がって詰め寄る。
「てめェ人事だと思ってあっさり決めやがって。メシ食いてェだけだろうが、てめェはよ!!! 俺は御免だぞ。何でわざわざ好き好んでそんな見世物になんなきゃなんねェんだ!! 大体、今からどうやって行くんだアラバスタ!? ログはどうするログはァ!!!」
半ば逆上気味に喚いてゾロはナミを見る。心なしかはにかんだような笑みを見せ、ナミは躊躇いがちに口を開いた。
「実は、エターナルポース、まだ持ってたりして・・・」
ぱかん、と大きく口を開けたまま固まるゾロの肩を、ルフィがぽんと叩いた。
「船長命令だ。行くだろ?」
アラバスタの港での感激の再会の直後、苦々しい表情を崩さないゾロにビビは拘りない笑みで近づいてきた。
「この度は、おめでとうございます。Mr.ブシドー」
丁寧に頭を下げたビビに、ゾロは肩を竦めた。
「ずっと気になってたんだがよ」
「はい?」
年月を経て顔つきこそ大人びたが、小首を傾げるその仕草はかつての少女をゾロに思い起こさせた。
「何でお前が、知ってたんだ? その、何だ?」
そこでゾロは言いよどみ、困ったようにあちこちに視線を走らせた挙句、そっぽを向いて再び口を開いた。
「その、俺とナミが・・・け、け、結婚するって」
ああ、とビビは口元に指をあて、楽しそうに笑った。
「これでもここは古くから世界会議に参加している国ですから。割にあちこちに顔が利くんです」
それに、とビビは彼女にしては珍しい意味ありげな微笑を見せた。
「昔とった何とやら。裏の方にも幾つか情報ルートがあるんです。私」
その笑顔がみるみる凄みを増していく。
「人生、何が幸いするか分からないですよねぇ? Mr.ブシドー?」
有無を言わせぬその笑みに何となく気圧されてしまい、今に至る。
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「いやいや何にせよめでたい!!」
呵呵とご満悦の表情を浮かべるのは、この国の王。
「あんな綺麗な女性を嫁にできるとは、お主も果報者だのう」
グリグリと肘でゾロの頭を小突いた後、それに、とコブラはうっとりと宙を見つめる。
「相変わらずのナイスバディ。羨ましいことだ」
「おいちょっと待て! いつ覗いてきやがった!!」
見上げたコブラの顔には、よく見れば右目に青痣が出来ている。テラコッタの一撃によるものだろう。鋭さといいピンポイントの狙いといい文句のつけようのない一撃。腕をあげたのは料理だけではなさそうだ。
本当に王か? このオヤジ。
溜息をつくゾロの前で、「パパ!!」とビビが厳しい声をあげた。
「そうだ! ビビよ」
怒りの矛先をひょいとかわすようにコブラはビビに明るい声をかけた。
「なぁに?」
「救国の英雄同士の結婚だ。いっそのこと国の祝日にして未来永劫語り継ぐってのはどうだ?」
「パパ! 何ていいアイデア!!」
オレンジとマリモの日だのゾロナミの日だの、祝日の名称をどうするかで盛り上がる二人の前に、ゾロは力なく手を伸ばした。
勘弁してくれ。
それでなくても、国中に式の中継をするなんて案をどうにか下げさせて、何とか身内だけの式というところまで漕ぎつけたのだ。
どこの世界に海賊の結婚式を祝日にする国があんだよ。
脱力するゾロの前で楽しそうに話し続けるビビに、横からすい、と手が差し伸べられた。
「どうだい? 僕らも一緒にここで式を挙げようか? ビビちゃん?」
「サンジさんたら、相変わらずなんだから」
くすりと笑みを零したビビを見て、壁際で大人しく騒ぎを見つめていたコーザが色を変える。割って入ろうと一歩を踏み出した瞬間だった。
「コブラチョーーーップ!!!」
脳天への強烈な一撃でその場に崩れたサンジを尻目に、ゾロが立ち上がる。
「あっ!? どこ行くんですか? Mr.ブシドー?」
「風に当たってくるだけだ。別に逃げやしねェよ」
染み一つない真白な石で組み上げられた荘厳な宮殿にカツンと靴音が響いた。
本来なら王家の人間が使うという斎場。長いアラバスタの歴史においても国民ですらない人間に開放したのはこれが初めてと言う。
どれほど自分達を祝福してくれているのかはよく分かっている。それでも、どこかくすぐったい様な居た堪れないような気持ちを持て余しながらゾロは黙々と歩いた。
「・・・・で、どこだ? ここ?」
ふと振り向いてみれば、長い廊下に同じような部屋がずらりと並んでいる。
何回曲がってきたっけ? 最初は右で・・・・次も・・・右、だっけか? てことは・・・・
頭の中に描いてみた見取り図は、二度角を曲がったところで崩壊した。
やべェ。
絶対逃げたと思われる。
烈火の如くに怒りまくるナミとビビの姿を想像し、ゾロはゴクリと唾を飲んだ。
一部屋ずつあたってみるしかねェか。
扉を開けては閉め、開けては閉め、何度目かに扉を開けたところでゾロの手が止まった。
まるで光をはなっているかのように眩しい純白のドレスが目に飛び込んできた。
扉に背を向けて椅子に浅く腰をかけている花嫁。華奢な背を流れる長いべールが、開けた扉から吹き込んだ風になびいた。
「・・・時間?」
ドレスの裾を気にしながらナミは立ち上がり、振り向く。
結い上げたオレンジの髪にドレスと同じ白の薔薇が留められている。その上からベールが全身を包むように覆っている。ぴったりとした上半身とは逆に、膝下から裾に向かってゆったりと広がるドレスがナミの姿の良さを十二分に引き立てていた。
「ゾロ!? どうしたの?」
ナミの驚いた声にゾロは我に返った。扉を開けてからどれ位の時間が過ぎたか分からなかった。それ程に見惚れていた。
「あ・・・いや、ちょっと」
歯切れの悪い言葉に、ナミは首を傾げる。
バツの悪い思いで顔を曇らせたままのゾロに、躊躇いがちにナミが言葉をかける。
「・・・・もしかして、やっぱり嫌だった? こんなの?」
ゾロの返事を待たず、ナミは顔を伏せ、呟くように続けた。
「そうよね。アンタは最初から嫌がってたものね。本当は分かってたのよ。私も・・・けど」
消え入りそうな声。微かに震える細い肩がゾロの胸を締めつけた。
「勝手に決めつけてんじゃねェ、馬鹿野郎が」
つかつかとナミに近づくと、ごほん、と一つ咳払いをして、ゾロは俯いたままのナミを真直ぐに見つめた。
「嫌か嫌じゃねェかって言われたら微妙だけどよ。本気で嫌だったらんな格好してねェだろうが。嫌って言うか、アレだ。恥ずかしいんだよ、俺ァ。けどお前が喜ぶってんなら俺は――――」
話の途中でゾロは怪訝そうな顔を浮かべ、言葉を止めた。ナミの肩の揺れは益々大きくなり、やがて、漏れ出た声はどう聞いても泣いているようには思えなかった。
「てめェ」
ゾロはナミの顔を覆うベールの隙間に手を伸ばすと、思い切りそれを跳ね上げた。
「やだ、それちょっと早すぎ」
顕わになった花嫁は、にっこりと微笑んでそう言った。
「で? 俺は、何? 折角だから最後までお願い」
「知るかっ!!?」
耳までを真赤に染めて背を向けたゾロの手をナミは掴んだ。その手を大事そうに両手で包み、ナミは目を閉じる。
「ありがとう。嬉しかった」
囁くようなその一言に、ゾロの体から緊張が抜けた。
「ったくよぉ」
溜息混じりに振り向いたゾロにナミは改めて微笑む。
「どう? 変じゃない?」
「あぁ」
「アンタも素敵よ。アラバスタの仕立て屋は腕がいいわね」
「別に無理しなくてもいいぜ」
「馬鹿ね。無理なんかしてないわよ」
苦笑を浮かべたゾロの頬にナミは両手を伸ばし、顔を近づけた。
「このままひん剥いて跨っちゃいたい位、素敵」
純白の衣装に薄化粧。
どこから見ても清楚な花嫁とその口から零れた淫らな言葉とのギャップに、ゾロは眩暈を覚えた。
「ひん剥かれんのは勘弁だな。結構、着んのが大変だからな、コイツ」
ゾロは自分の衣装を親指で指し、だから、と笑った。
「ひん剥かねェようにして跨れよ」
それまでナミが座っていた椅子に腰を下ろすと、ゾロはナミの手を引いた。さらりと音をたてた滑らかなドレスの裾をゾロは無遠慮に捲くり上げ、ナミの腰を抱き寄せる。腰掛けたゾロと向かい合う格好で跨ったナミの脚を大きな手のひらが撫ぜていく。
さらりとしたストッキングの感触が、突然に素肌のそれに変わる。さらにドレスを捲れば、腿の辺りで切り替わるガーターベルトが目に入った。
真白な衣装から伸びるその脚は何とも隠微で艶かしい。
「中身は随分エロいじゃねェかよ」
低く笑うゾロにナミは花のような笑みを向ける。
「私らしいでしょ?」
「全くだ」
そう言いながらゾロがドレスと同じ白の下着の内に指を潜らせれば、ゾロの肩に乗せたナミの手がビクリと震える。
「ホントにエロい中身だな」
指先にとろりとした液体を感じ、ゾロは空いてる手で慌しくズボンの前を開け、下着の隙間から猛る先端をナミにあてがう。
「ね、ホントに今、する気?」
こじ開けられる予感に零す吐息の中でナミが問う。
「今更何言ってやがる」
「普通、こういうのって初夜まで待つもんじゃない?」
「さあな」
ゾロがナミの腰を引き寄せれば、硬く張りつめた幹がみるみるうちにナミの中に飲み込まれていく。
「っ、くぅぅ、ん!!」
切なげなナミの顔の前に熱い息を吐き、ゾロは片方の口角を持ち上げる。
「初夜の前借にしといてくれよ」
「じゃあ、後で三倍返しね」
悪戯な笑みを見せたナミをゾロは一瞬ポカンと見つめ、それから盛大に吹き出した。
「そいつぁ、望むところだな」
甘い快楽の中にのめり込もうとしたその時、突然、扉をノックする音が二人の耳に入った。
「ナミー、ちょっといいか?」
「え? あっ!? ちょっと待っ!?」
聞こえてきたウソップの声に慌てて応じるナミの前で、扉はあっさりと開けられてしまう。
「もう式、始まるってのにゾロの奴また迷子になっちまっ・・・・・てぇぇぇっ!!?」
ウソップの目の前には、形のよい脚をむき出しにした花嫁と、その花嫁に突っ込んでいのが明らかな花婿。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
その後、暫し無言のまま見つめ合う一対二。
馬っ鹿野郎、とウソップはあたふたと後ろを向いた。
「お前ら早すぎだろうが、共同作業!!」
やがてゾロが困ったように頭をがりがりと掻き、笑みを浮かべた口を開いた。
「あー、何だ? 連中に言っといてくれ。十分経ったら行くって」
「十分って。夜まで待てねェのかよ! このケダモノ共〜〜!!」
半ば泣き言めいた喚き声とともに、閉じられた扉から二人は目を離し、見つめ合う。
そして、どちらからともなくくすりと笑うと、その唇をゆっくりと合わせた。
happy ver./ costume request ふふ様
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